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低能な料理番  作者: ミツル
第四章 帝国の美魔女

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13

 もはや驚かない。驚いてたまるか。


「おおおおおおおお」

 真横で朽木が唸りながら驚いている。


「これは…」

 アルページュが目を丸くしている。


「すごいすごいすごい!」

 ノーマがキョロキョロと子供のように周りを見渡している。


「マジか…すげえ」

 やっぱり驚くことにした。


「どうですか私の研究小屋は」


 ヒシャが思いっきり自慢げに胸を張っているが、それも当然だ。

 

 入った場所は、確かに小屋だった。

 入る直前に全員で入ったら少し窮屈なんじゃないか?などと思うくらいの小屋だった。

 だがその中身は、研究小屋ではなく、研究フロア、だった。

 はるか先までまっすぐ伸びた廊下は例の発行石板でとても明るく、その左右には大きな窓ガラスがいくつも並んでいる。

 それぞれが研究室であることは、入り口の上に室名札が付いてることですぐにわかった。


 一番近い窓の中を覗いてみた。


 金属製のテーブルの上に、フラスコやら試験管やらが専用の台に置かれて並んでいる。 

 壁に並んだ資料棚と、薬品棚、そしてホワイトボードっぽい白板が据えてあって、そこには魔法陣やら呪文やら(多分)が書きなぐってある。

 行ったことはないが、大学の研究室とか、大きな製薬会社のそれとか、いや、なんかのゲームで見た事あるな…

 ゲーム内ではその研究室で、人類を滅ぼす細菌が研究されていたが…


「別に人類を滅ぼす悪い魔法とか研究してるわけじゃないですよ」

 ヒシャがケタケタと笑った。


「その部屋は確か四百年くらい前に、金属を操って加工する魔法を研究していた部屋ですね」

「…ああ、なるほど…」


 ヒシャの凄さが分かってきた。


「ここはいったい何の研究をしている部屋なの?」


 アルページュは隣の部屋を覗きこんでいた。

 その額に、汗が浮かんでいる。

 窓の中には、ジャングルが広がっていた。

 薄暗い、じめじめとしたあれだ。


 なるほど、冷汗か…


 塔の中の森の中の小屋の中の研究フロアの中の研究室の中に広がるジャングル…


 魔法プロムナードの時もそうだったが、どうもこの世界では魔法が絡むと空間に対する常識が根底から崩される。


「あ、そこには絶対に入らないで下さいね。ちょっと厄介なプルメルト種が巣食ってて、普通の人間なら骨も残らないので」


 アルページュが慌ててガラスから手をひっこめた。


 やってるじゃないか、人類を滅ぼす研究…


 ヒシャの後について廊下を進んでいった。

 その間に、宝石の塊がいくつも並ぶ部屋とか、魚の水槽がずらりと並んだ部屋とか、中が霧で全く見えないのに何かの影だけが見える部屋とか、天井から弦でぶら下がったヘチマのようなものの大群がゆっくりと揺れている部屋とか、そういう感じの部屋がずっと並んでいた。


「きゃあ!」


 珍しくノーマが悲鳴をあげて俺に抱き着いてきた。

 目を瞑って震えている。

 アルページュがその窓を見ようとして、風を巻き起こす程の勢いで背を向けた。

 窓一面に張り付いて蠢いているのは、そういう感じの虫だった。


 研究室かと思っていたが、どうやらダンジョンだったか…


「お待たせしました!ここです」


 ヒシャが足を止めて部屋の入り口を開けた瞬間、全員がビクリと体を硬直させたのは仕方がない事だと思う。

 

 案内された部屋に入った途端に、あの香りが全身を包んだ。


「…いい匂い」

 震えていたノーマが復活した。


 アルページュもうっとりとした顔を浮かべている。


 広い作業台の上に、四角い木のふるい箱が何枚も積み重ねてある。

 そして目に付いたのが、壁側に三つ並んだ人の背丈ほどもある長方形の扉がついた木箱だ。


「やっぱり気になりますか?なりますよね?」


 ヒシャが一番端の扉を開けてくれた。


 木箱の中は、左右に薄い棚板が対照で打つ着けてあって、それが上から下まで何重かのスリットを作っている。どうやらふるいがそのまま収納できる仕組みになっているようだ。


「こちらが第一乾燥室で、そしてこちらが…」


 ヒシャが真ん中の扉を開けた瞬間、紅茶の香りが風のように吹き出してきた。

 三段程差し込まれたふるいには、琥珀色に染まった茶葉が広げられている。


 部屋に入った時の香りはここから漏れ出していたのか。


「これが発酵室です」


 ヒシャがふるいを引き抜くと、更に香りが部屋に充満した。


「丁度いいみたいですね。皆さまが来る前に入れておいたので、大体一時間半くらいです。いい進み具合ですね。では次の工程に…」

 

 最後にヒシャが空けた箱の内側には、全面に薄い、オレンジ色の石板が貼ってあった。

 その上からスリットが設けてある。


「あ、これってヒルム板ですか?」

「そうですよ」


 ヒシャが茶葉をその中に差し込んでいく。


「ノーマ、ヒルム板ってなんなんだ?」

「熱を放射する魔法板の事です。温度によって色々用途があって、お城では床に敷いて暖房に使ったり、すごいのは竜の炎よりも熱くなるのがありますよ」


 それは何の用途に使うんだ?


 どちらにせよこれは、


「温風乾燥室?」

「ご名答!」


 ヒシャが扉を閉じて、箱に手をあててゴニョゴニョと小声で呪文を唱えた。

 箱の中から換気扇が回っているような音が鳴り始めると、ヒシャは箱から手を離した。


「これで大体四十分くらいで乾燥が終わったら紅茶の完成です!」

「おお!初めて見ましたよ」

「すごいすごい!ああいい香り~」

 

 素直組二人は歓声をあげて紅茶工房見学を楽しんでいるが、俺は、いや俺達はある事に気付いて、素直には喜んではいられなかった。


「お二人は、気付いたようですね」

「そりゃ気付くわ」

「そりゃ気付くだろ」

「イオリ様、何に気付いたんです?」

「ノーマ、今俺達はどこにいる?」

「どこって、ヒシャ様のおうちの…あ!」


 ノーマが気付いて辺りを見回した。

 そして、天井に大きく書かれた魔法陣に気付いた。


「見た事もない魔法陣だ…」


 ノーマにはわかるのか…


「あのイオリさん、自分には何がなんだかさっぱりなんですが?」

 朽木にはわからなかったらしい。


「ここはでっかい時間保管庫の中なんだよ」


 一番外側、塔自体が保管庫だとすると、それは中全体に効果する、と考えるのが普通だ。


「だから物が変化しない。はずだ」


 だが、目の前の茶葉は乾燥して、発酵して、そして今また乾燥している真っ最中だ。

 

 つまりは…


「この中は時間が進んでいるってことだ。あの天井に書かれた魔法陣が、保管庫の効果を打ち消してるとか?」


「あ!惜しいです!実はあれは…」


 ヒシャが見上げたのは、魔法陣ではなくて、俺の顔だった。


「保管庫内の時間を自由に進める事が出来る、そういう魔法陣です!」


 見上げてくる笑みは魔女のそれだった。


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