12
「どういうことだ?」
「どういうことなの?」
アルページュが険しい顔で立ちあがった。
「え?どういうことですか?」
ノーマがキョトンとした顔で、木製のトレーをテーブルに置いた。
アンティーク柄のティーカップがカチャリと音を立て、同じ柄のティーポットの口からは華やかな香りの湯気が立っている。
「あの?どういうことってどういうことなんです?」
朽木が不思議そうに、俺とアルページュの顔を交互に見返した。
「さあ、どういうことでしょうか?」
ヒシャは変わらず悪戯な微笑みを浮かべてたまま、ノーマに目配せしてカップを配らせると、自分はポットを持ち上げて、ゆっくりと順番に、お茶をカップに注ぎ始めた。
琥珀色が、湯気と香りをテーブルいっぱいに広げながらカップを満たしていく。
アルページュがはっと我に返り、だが険しい顔はそのままに、すとんと腰を降ろした。
…珍しくアルページュが取り乱したのも分かる。
「どうもこうもない。これは紅茶だ」
「ええ、そうですね。紅茶です。良い香りでしょう」
ヒシャは平然と答える。
アルページュがカップを持ち上げて、その紅の唇に、そっとあてた。
一口飲んで、ふーと息を吐きだした。
「いい香り。とてもいい茶葉ね」
その顔から険しさが消えている。通常運転に戻ったようだ。
「本当だ!これとても香りがいいですね。美味しい」
ノーマが素直に感想を言った。
「いや、落ち着きますね。うまいなぁ」
朽木も呑気に、森のティータイムを楽しんでいやがる。
「イオリさんもどうぞ」
ヒシャに勧められるまま、俺も温かいカップに口をつけた。
香りが鼻を抜ける。温かさが喉を通る。
味が分からなくても知れた。その香りで、この紅茶の評価は充分特級だ。
「いかがですか?」
「これは、あなたが作ったのですか?」
「ええ、手作りです」
「この世界で?」
「もちろん」
「1から?」
「最初はゼロからでした」
「へえ〜」
「うふふ」
「あの?さっきから何のやり取りを繰り広げてるんです?」
いい加減業を煮やしたのか、朽木が聞いてきた。
「あのね朽木、紅茶っていうのは、完全発酵茶なの」
俺の代わりにアルページュが答えてくれた。
「へ?」
朽木が目を丸くした。
「え?」
ノーマも同様だ。
「前に俺が言った微生物による発酵じゃないけどな…」
「さすが良くご存知ですね。紅茶は茶葉自体が持っている酵素を利用した発酵行程を経て、この色と香りが生まれるんです。この味に辿り着くまでには結構苦労したんですよ」
なあにが良くご存知ですね、だ。
あどけない笑顔だが、この魔女、とんだ食わせ物だ。
いや、そうか、二千八百歳だったな…
「ヒシャ様は、私達がここに来た理由を初めから知ってらしたのですね?」
アルページュの呆れ顔はすでに笑顔込みだ。
「うふふ」
ヒシャは笑っただけで、残りの紅茶を飲み干すと、俺達全員の顔を見渡しながら立ちあがった。
「では、ご案内しますね。少し歩きますよ」
先頭に立つヒシャに案内されて、森の中を暫く歩くと、木々の先に開けた場所が見えた。
そこは、黄緑色の葉をつけた腰ほどの高さの低木が茂る広場だった。
この空間の仕組みなど想像もできないが、森を抜けてきた目には、注ぐ陽光が眩しい。
低木は言うまでもなく、お茶の木だ。
こちらのお茶か?見た所俺達の世界の物と違いは感じないが…
そう思って見渡していた時、一本のお茶の木が小さく揺れると、もっさりと、立ち上がった。
「うえ?」
俺の驚愕をよそに、すぐに全部の木が同様に立ち上がった。
よく見ると、幹の真ん中には短い二本の腕のような枝と、そして幹の一番下には、短い二本の足のような根っこが生えていて、それで地面にしっかりと立っている。
残念ながら、目とか口とか、そういう形の洞はない。
「あ、これってもしかしてモリマキュ樹の一種ですか?」
「ノーマさん、良く知ってますね」
「私の故郷にもいましたから」
「そうか、モリマキュね。なるほど…」
あー、こっちでは結構一般的なものなんだ。
俺は開いた口を一旦閉じた。
立ち上がった木々は俺達の目の前で、規則正しく移動行進を始めた。
手を振りながら足を上げ、一斉に右回りに行進してその位置を変えると、立った時と同じように、一斉にその場に座り込んだ。
背筋をピンと伸ばした、正座で。
「太陽が同じ様に当たるように、自分達で場所を交代すんですよ。お利巧でしょ?」
「へえ、 そりぁすごい!本当お利巧さんですね」
朽木、何お前馴染んだ感じで返事してるんだ?
「するとこれが茶葉ね?」
アルページュがモリマキュ樹の葉を一枚摘み採った。
次の瞬間、摘み採られた部分に今採ったものと全く同じ形の葉がニュンと生えてきた。
そうか、ここは時間保管庫の中だった。
変化は基本許されず、修正されるとか?そういう理屈か?
「お蔭でここではいつでも新鮮な茶葉が摘み採れるんです。便利でしょう?便利ですよね?」
覗き込むように聞いてきたヒシャに、
「ええ、まぁ…」
そう返すのが精一杯だった。
「では、いよいよ本題の場所へ」
ヒシャが指さした先、広場の縁に小さな小屋が建っている。
「私の研究小屋の一つなんです」
ヒシャが俺の手を取って、ニコリと笑った。
「さあ行きましょう!私が生涯をかけて研究してきた、時間操作魔法の神髄を、お見せしますね!」
なるほど、確かにいよいよ佳境のようだ。




