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「ご遠慮なく!さあ、どうぞどうぞ」
ヒシャはニコニコと、とても明るく俺達を迎え入れてくれた。
やはりどう見繕っても、礼儀正しく、親御さんの教育がしっかりしていらっしゃるんだろうな、的な、おそらく運動よりも勉強の方が得意で、趣味は読書で、お洒落ですか?あんまり興味が無くて(笑)、的な…そんないい子だなあ、的な女子中学生にしか見えない。
だから俺達は、今からお邪魔しているのが魔女の隠れ家だという事をすっかり忘れていた。
「あ、すみませんおじゃまし…うええええええええ!」
だからノーマが大声で叫んだのも仕方がない事だ。
俺達は一瞬でその中身に度肝を抜かされた。
塔の中だよな…
でも、今目前に広がる光景は、俺の目が正しければ、森の中だ。
うっそうと茂る木々。その葉の間から差し込む木漏れ日。枝からぶら下がる蔦には、トカゲが一匹這っていた。どこからか鳥の鳴き声も聞こえてくる。
朽木が無言でいったん外を覗きに行って、もう一度中に入ってきた。
入ってきて、震える様に首を横に振る。
「大丈夫ですよ、安全ですから」
下草はよく整備されていてまるで絨毯のような歩き心地だ。
木々が囲む空間に、大きな一枚板のテーブルが据えてあった。
「どうぞこちらにおかけください」
「あ、ありがとう…ございます…」
様子に少しでも慣れたのか、やっとノーマが会話を成立させた。
あのノーマがこの様子という事は、やはりここは、というかヒシャはこの世界でも規格外、なのだろう…
そりゃそうだ、すでに聞きたいことが山ほどある。
「あのお、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
さすがアルページュ、空気を読まずにいった。
「ええ、どうぞ!」
「なんで、ジャージなんですか?」
いやいやいやいや、まずそこ?気にはなるけど…
「ああ、これですか。これは昔あちらの世界の方がプレゼントしてくれたんです」
「へえ、そうなんですか?でもどうして日本のジャージを…」
「私が研究でずっとここに籠ってる話をしたら、じゃあこれが正装ですよってわざわざ。あれ?違うんですか?」
「いや、合ってます」
俺は即答した。
ヒシャが嬉しそうに笑った。
誰だそのウィットに富んだ異世界人は…
「あのすみません、俺からもいいですかね?」
朽木がそろそろと手を挙げた。
「どうぞどうぞ!」
「失礼ですが…あの…ヒシャ様は今、おいくつなんですか?」
すごいぞ朽木。ナイスカットイン!
見ろ、ノーマとアルページュがちょっと尊敬の眼差しを向けているぞ。
「あーそれですね…とても難しい質問なんですけど…」
女性に年齢を聞くのは、的な嫌がられ方を想像していたが、ヒシャは違う方向で困っているようだった。
「それが肉体の年齢を言うのでしたら…そうですね、多分十四歳、程度だと思います」
見た目通りの答えだ。
多分とか、程度とかがちょっと気になるが…
「それで、生まれてから何年かという事だと、うーん、ちょっと正確には分からないんですけど…何かわかりやすい事とかあれば、うーん、そうだな…」
ヒシャは少し悩んでから、何かを思いついてぱっと顔を明るくした。
「この世界で最初の時間保管庫は、私が作りました!」
「ゔ!」
「い゙!」
「え゙!」
「み゙」
全員が声でない唸りを上げた。
ちょっとお待ち下さい…イコイに聞いた話と照合すると…
「に、二千八百歳ですか?うわあすごい!」
ノーマは素直だな。
「そうですね。その位かな。うん多分、そうです」
「それってどういう事なんですか?どうしたらそんな?」
ノーマさん、大変素直でよろしいです。
「それは簡単な話ですよ」
ヒシャが椅子の上に立った。
立って、周りを見渡しながら手を広げた。
「ここが、時間保管庫の中だからです!」
それって簡単な話なんですか?
「魔法の研究って時間がいくらあっても足りないんですよ?で、どうしようかと悩んで、結局当時住んでいた森の空間を切り取ってここに保管したわけです。自分ごと」
なんかとても嬉しそうに微笑んでいらっしゃる…
「だからここから出た時だけ体は年をとるので、さっきの肉体年齢自体もちょっとあやふやなんですよねぇ…」
という事は十四がそこらでこの世界の根底を築く魔法を作り上げたって事か…
やはり、規格外だ…
「ひとまず私個人へのご質問はそんなところでいいですか?」
俺達は顔を見合わせてから頷いた。
その辺に関しては、ちょっと今お腹いっぱいだ…
「じゃあ本題の貴方達のご相談を聞く前に、お飲み物でもご用意しましょうか?」
「あ、私手伝います」
「ありがとうございます。じゃあこちらへ」
ヒシャに案内されてノーマが木の向こうへ消えて行った。どこにキッチンがあるのだろうか?
ノーマが消えると、アルページュが俺の膝に手を置いてきた。
「イオリ、あの方、どう思う?」
「どうも何も、そもそも子供にしか見えないし…」
「そうじゃなくて、よく考えたらあの方も魔法使いでしょ?しかも時間保管庫を作った」
「あ…」
そうだった。
ヒシャは魔法技術界の中心どころか始祖的な人物だ。
だとしたら、発酵に対する考え方も…
『いい香りの飲み物ですねぇ』
ノーマの声が聞こえてきた。
カチャカチャと食器が揺れる音も聞こえる。
そして木の隙間から、運ばれてくる飲み物の香りが森の香りに混ざって柔らかく漂ってきた。
「!」
アルページュが気付いた。
その大きな目を更に広げる。
「…これ」
俺も気付いた。
鼻孔を包む、優しい香り…これは…
「皆様お待たせしました」
まずはノーマが微笑みながら現れた。
「お茶の用意が出来ましたよ!」
その後ろから、ヒシャが現れた。
思いっきり悪戯っぽい笑顔で。
「私の特性紅茶、まずは召し上がって下さいね」
その中学生は、やけに大人びて見えた。




