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低能な料理番  作者: ミツル
第四章 帝国の美魔女

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 柔らかな風が、視界全部に広がる柔らかい黄緑をさわさわと揺らしている。

 絵に描いたような草原だ。

 物凄く平坦な、もしかしたら永遠に続いているのかもしれないと錯覚を起こさせるほどに広がる草原だ。


「おかしいな。この辺りのはずなんですけど」

 ノーマがキョロキョロと辺りを見回す。


 俺もぐるりと一周、周りを見たが、草と空しか見当たらなかった。


「素敵な所ねえ」

 アルページュがうーんと伸びをした。その金髪が風に揺れて光っている。


 確かに、爽やかさを凝縮したような土地だが…


「本当にこんな所にそんな偉い人が住んでるんですかね。人っ子一人見えませんよ」


 体が見えなくなる程の大型リュックを背負った朽木が、目を細めて景色を見ている。

 

 ちなみにリュックの中身は、九十九パーセントがアルページュの着替えだ。


「おばあちゃんから教えてもらった場所は、確かにここなんですけど…」

 ノーマが地図を広げて言った。

 地図は、ジェーンの手書きだ。


『ちょうど先日会議で会ったばかりなんじゃが…』

 

 執務室に現れたジェーンは、ノーマとアルページュの頭を一しきり撫でた後、続きを話し始めた。


『それって賢人会のことかしら?』

『そうじゃ』

『…賢人会?』

『あ、えーと、各方面の偉い人たちが集まって色々と話し合いをする場の事で、おばあちゃんは転移竜の代表として参加してるんです』


 前に言っていた大事な会議ってそれか。

 ていうかジェーンってそんな偉い竜だったのか…


『なに、うるさい年寄りが集まって、ああでもないこうでもないと世界の事を言い合って勝手に決まり事を決めとるような下らん会議さ』


 いや、テーマが世界の決まり事というのであれば、下らないわけがないだろう…


『その中の一人に、古い馴染みなんじゃが、ヒシャという魔女がおる』

『聞いた事があるわ。かなり有名な方よね』

『あたしもあります。確か…えーと…なんだっけ、昔お城の教本で…』

『魔法創造の母、じゃろ』

『そう!それだ!』


 聞いているだけでも、とんでもない人物のようだ。


『呼び名は立派じゃが、要は魔法の研究しか興味がない変わり者じゃ』

『で、その魔女さんなら、俺のこの状況をなんとかできると?』

『かもしれん、と言ったじゃろう。私は魔法が専門外だから良く分からんのじゃが…』

『それでも何か可能性があるなら何でもいい。教えてくれ』


 フン、とジェーンは鼻から息を吐いて、まったくこの男は料理の事となると、と独り言を零した。


『ヒシャは数々の魔法を創造してきたが、特に専門として研究しているのが、時間魔法の類なんじゃ』

『時間魔法…の類…』


 そうか、そういう事か…


『会ってみる価値は有るじゃろう』

『有りだ!大有りだ!ありがとうジェーン!』


 俺は思わずジェーンの両手を握ってブンブンと振り回した。


『で、そのヒシャさんにはどこに行けば会えるんだ?』

『あれはラコンブの草原に一人で住んでおる』

『え?ラコンブ?あんな辺鄙な所に一人で?』

『変わり者だと言ったじゃろう。地図を書いてやるから、ノーマ、連れてっておやり』


 といういきさつで今、この辺鄙な草原のど真ん中に来ているわけだが…

 朽木の言う通り、人どころか鳥一羽見当たらない。


「ねえノーマ、その地図の裏、何か書いてあるわよ」

「あ、ほんとだ」

「なにかの呪文みたいね、詠んでみたら」

「そうですね…」

 

 地図をひっくり返したノーマが、それを声に出して読み上げ始めた。


「んーと、シュタイラ・エック・ア・カサ・ド…」

 

 おお、呪文だ。前にラシームの店で聞いたような呪文だ。


「…ディヴェルソ・デン!」


 ノーマが読み終わった瞬間、変化が始まった。

 

 最初の変化は、足元からだった。

 

 不自然に揺れ始めた草に気付き見下ろすと、足元の草の先端に、スッと、小さな白い花が一凛、咲いた。


 蕾も何もなかったはずだが…


 そう思った矢先、隣の草にも花が咲き、一凛、また一凛と、小さな白い開花は、草原の色変換をしながら瞬く間に広がっていった。


「うわあ!」

「あら素敵!」

 ノーマとアルページュが同時に感嘆した。


 あっという間に黄緑の草原は見わたす限りの白い花畑に変わった。


 強い風が一陣、吹いた。

 その風が大量の花びらを巻き上げて、渦を巻いて高く登っていく。

 直ぐに白い風の塔が出来て、そして風が止むと、花びらは一斉にひらひらと舞い落ち始めた。

 舞い落ちる花びらに一瞬視界を遮られ、目を瞑って開くと、

「え?」

 そこには三角屋根の赤レンガの塔が現れていた。

 

 ああ、これは魔女の家だ。

 多分今全員がそう思ったはずだ。

 

 扉の内側から、鍵を開ける音が聞こえた。

 間違いなく、そこから魔女が登場するはずだ。


 三角帽子にローブに杖に、あ、ご年配なら鷲鼻で、黒猫とかも一緒で、さあ、イメージは準備完了だ!どんとこい!


「ごめんなさい気付かなくて!お呼び出しの魔法まで詠んで貰ってすみません」


 ん?やけに若い声だが?


「あ、ジェーンさんのお孫さん達ですよね?お待ちしてました」

 扉が開き、中からヒシャが現れた。


「え?」

「え?」

「え?」

「え?」

 四人同時に、同じ反応が出た。


「え?なにか?」

 魔女ヒシャは、その反応に不思議そうな顔を返してきて、そして、

「あ、すみません。はしたない恰好で…」

と、開いていた上着のチャックを慌てて引き上げた。


 その、緑色のイモジャージのチャックを。


 ジャージの胸元には、なぜか『二中』の文字が刺繍してあった。

 なるほど、二本線なのはそれでか…

 

 ヒシャはショートカットを更にひっつめて、前髪を黒猫の顔が付いたヘアピンで止めていた。

 当然、三角帽子など被っていない。


 二中ジャージの持ち主に相応しい、あどけない顔が、照れたように笑って頭を傾けた。  


「…イオリさん、俺は想像力が貧困でした」

 いや、朽木、それは反省しなくて大丈夫。


 異世界の魔法会を代表する古老の魔女を訪ねて、完全無欠の女子中学生が現れるなんて、想像する方が間違っている、と俺は思う。



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