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低能な料理番  作者: ミツル
第四章 帝国の美魔女

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6

 俺はノーマを隠すようにして前に立ち、その場で深く頭を下げた。


「突然お騒がせして大変申し訳ございません。これは俺がノーマに無理に頼んだ事なので、責任は全部俺に…」


「クドウ・イオリね?あなた」


 思わず全身が固まった。


 俺の身体を固めたのは、突然のフルネーム呼びではなく、その声に若干の含み笑いのような色が含まれていたからだ。

 

 キツイ言い回しなんかより何倍も効果がある。

 

 まるで何もかもが見透かされているかのような…

 

 いや実際見透かされているんだろうなあ、何もかも。


 俺はお辞儀の体勢のまま顔だけ上げて、イコイを見た。

 想像していた通りの冷笑が俺をまっすぐに見つめている。


「俺の事をご存知なのですか?」

「もちろん。私はなんでもお見通しよ。だって私、魔女ですもの」


 今更魔女とか名乗られても、登場当初からそれはもう分かってます…


「ま、というのは冗談よ。ご丁寧にもエルブジがタムルを十三羽も飛ばしてくるもんだから、貴方がどんな人物で、今この街にいる事は知っていたわ」


 やるなエルブジ。相手の迷惑を顧みないバカ丁寧さが功を奏しているぞ。


「で、謁見を断わられたものだから、焦ってノーマを使ってまで直談判に乗り込んできた。て所かしらね」

 

 冗談じゃなく全部お見通しじゃないか…


「あの?姐さん…社長は無事なんですか?」

 恐る恐る朽木が口を開いた。


 イコイが目を細めて、あんた誰?と威嚇してきた。


「あの、この人は今ここに拘留されている工藤沙友里、俺の姉の部下でして…」


「ああ、あのゴーゴンみたいなあばずれ異世界人ね。大丈夫、本人は無事よ。今のところは」


 えらい言われようだな…


「代わりにうちの職員が四人程医務室送りにされたけどね…」


 すみません、言い得て妙です。ほんとすみません。


「あの、イオリ様のお話だけでも聞いてもらえないでしょうか?」

 ノーマが精いっぱいの勇気を振り絞ってくれた。


「そうねぇ…」

 イコイの口角がごくほんの少しだが、上がった。


「まぁ、真っ先にノーマを庇ったその心意気に免じて、時間外だけど特別に相手をしてあげるわ」

「あ、ありがとうございます!」

「とはいえ私も忙しいの。ルーティーンスケジュールをこなしながらでもいいかしら?」

「もちろん大丈夫です」

「ならついてきて頂戴。最上階よ」

 

 フロアの真ん中にある螺旋階段を登ると、ズラリとトレーニング器具が並んだ広い空間に出た。


「イオリさん、これって全部…」


 朽木に言われなくても一目見て分かった。


 ここは、機関誌にも載っていたトレーニングジムだ。端の方にはガラスで区切られたラウンジも見える。読んだ時にはやけに異世界っぽい施設だな、と思っていたが…


「これ、まんま俺達の世界の物ですよ…」


 トレーニング器具に英語のメーカー名が記してあった。ラウンジの調度品はこちらでよく見る木製の物ではなく、プラスチックと金属で出来たお洒落家具だ。よく見ると、イコイが着ているフィットネスウエアもイタリアの有名なブランド物だ。

 まるでここだけ元の世界を切り取ってきたかのような空間だ。


 イコイはランニングマシンに乗るとディスプレーを操作した。モーターの音が響き渡り、ランニングが始まった。


「よかったらあなたもどう?」

 イコイが隣のマシンを指示した。


 なるほど、付き合えと…


 俺はそのまま魔女と並んでランニングを始めた。


「別に不思議がる事はないわ。あなた方との世界との交流はけっこう長いのよ。こういう便利な物は積極的に取り入れているの」


「なるほどね…」

 

 だが決して一般的でない事は、ノーマが目を丸くしながら震える指先で器具に触れているその態度で分かった。


『積極的に』にかかるのは『この私わね!』だろうに…


「なかなか前衛的でいらっしゃる」

「へえ、嫌味も言えるのね」


 イコイがマシーンの速度を上げた。

 なんかカチンときて、俺も速度を上げた。

 途端に若干息が荒くなり始めた。

 

 俺だけが。


 ヤバい、これは結論を急がなければ…


「はあはあ…こんな物を取り入れてるわりには、俺達が培ってきた大事な食文化は規制するんだな…はあはあ」

 

 イコイが不快そうな顔を浮かべ、更にマシンの速度を上げた。

 上げて、俺の顔を見る。

 

 分かった、分かりました。

 

 俺も速度を上げた。

 モーターが唸りを上げる。

 

 いやこれもう、駆けっこじゃん。


「お酒の事を言ってるのね」

「ぜぇぜぇ…いやお酒だけじゃないだろう…ぜぇぜぇ…」


 ノーマが心配そうに見ている。

 大丈夫、あと数分位は持つ…と思う…


「それはどういう事かしら?」

「しらばっくれなくてもいい。もう分かってるんだ。うぐっ」


「イオリ様!」


 足がもつれて転倒しそうになった俺を、ノーマが咄嗟に襟首を掴んで引き起こしてくれた。そのまま引っ張られて、後ろから羽交い絞めに抱っこされる。


 主を失ったマシーンの安全装置が働いて、速度が急激に遅くなり、やがて止まった。


 イコイはまだ、走り続けている。


「恐らく、それは魔法のせいだ」


 イコイが速度を落とした。

 無言のまま、振り向きもしない。


「この世界には、発酵、それ自体が、無いんだろう?」


 イコイは、マシーンを止めた。


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