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朽木は部屋に入ってくるなり、そのまま前のめりに倒れた。
「大丈夫ですか?朽木さん」
ノーマが慌てて駆け寄ると、震える手でノーマの手を握りしめた朽木が、震える唇で絞り出した言葉が、
「み、水、あと食べ物を…」
というあまりにも捻りの無い言葉だった。
そりゃそうだ。
連れ去られた紗友里を追ってここまで来たのだろうが(どうやって来たかはもう聞かなかった)着の身着のままで、よくここまで耐えられたものだと思う。
だいたいその怪しいマント、どうやって手に入れた?もう聞かないけど…
ノーマが用意した水と、さっき街で見かけて買った『フルーツ味ゼロンダ』をたいらげると、やっと落ち着いたのか朽木はマントのフードを脱いで、大きなため息をゆっくりと吐き出した。
「で、朽木さんがここにいるという事は、姉ちゃんは今この街にいる、てことでいいんだな?」
「ええ、あの六本木チックなビルに連れていかれるところまではなんとか…」
朽木は無念そうに答えたが、それでもたいしたものだ。
「その後の事は全く分かりません。何とか潜り込もうとしたんですが、あのビル、やたらと警備が厳しくて…」
「そうかあ、まぁ、いきなり極刑ってこたないとは思うけどな…」
その言葉に、朽木の顔が真っ青になった。
「極刑?いやちょっと待って下さい。なんでそんなことになるんですか?ああ…やっぱり役人ぽいのを数人のしちまったからですか?」
え?のしちゃってたんだ…
「そうじゃないんです。一番の問題はお姉さまがお酒を飲んでたことが…」
「は?お酒?」
朽木が目を丸くしながら俺の顔を見た。
「そういう事らしい…この世界では、飲酒は極刑を受ける程の罪らしくてな…」
「そんなバカな?マフィア映画でもあるまいし…」
そうなんだよなぁ。
酒を禁じるというのは、それに伴う犯罪を取り締まる為にされるというのが俺のイメージだった。
強盗とか性犯罪とかそういう類の、いわば俺がこの世界から受けている印象とは真逆の理由で。
こっちに来てから、俺は犯罪どころかそれを起こしそうな危険人物さえ見た事がない。のどかで、呑気で、平和なイメージしかない。
しかもそれを取り締まっているというのが魔法治安機関。
普通なら警察とかが受け持つもんじゃないのか?
魔法と酒に何の関係があるのか?
すがるような目を向けると、「うーん」と少し困ってから、
「私もそんなに詳しくは知らないんですよ」
ノーマは話し始めた。
「私が小さい頃からよく聞かされてたのは、お酒という危険な飲み物があって、普通は手に入らない物だけど、もしそれを見るような事があっても決して飲んではいけないと…」
普通は手に入らない?見るようなことがあっても?なんだその言い回し…
「ちょっと待てノーマ、それは誰に言われた?」
「エルブジ様とか、あとジェーンおばあちゃんからも聞かされました」
「もしかしてそれは、転移した時に異世界で、という意味でか?」
「ああ、そうですね。それはあったかもです。特にそれは気をつけろと。でもまあ私はそんなに頻繁に異世界転移をすることはしてなかったので、あまり気にはしてなかったんですけど…」
うーん、やっぱり違和感しかないな…
思考が纏まらず、部屋の中へと視線を泳がしていると、ふと、ベッドの脇に据えてある小型の保管庫が目に付いた。
もちろん魔法陣付きの時間保管庫だ。要するにホテルの備え付け冷蔵庫のようなものだろう。
「…待てよ…」
俺の頭に、するりとある考えが浮かんできた。そしてその考えは、色々な情報と繋がって、広がって、すとんと、結論になった。
たぶん、これが答えだ。
「ノーマ、ちょっと聞いていいか?」
「はい」
「チーズって、食べたことあるか?」
「はい?チーズ…ですか?いえ。ないです。イオリ様の世界の食べ物ですか?」
「ええ?ノーマちゃんチーズ知らないの?ほらピザとか、こうビヨーンって」
朽木が手を口元から伸ばして絶妙なチーズ感を表現したが、当のノーマは小首を傾げてキョトンとしている。
「ピザっていうのはチーズの種類なんですか?でもなんか美味しそうですね!」
素っ頓狂な答えが、俺の答えを確信させた。
「なるほどね、そうか。そういうことか…」
『…まだお気づきじゃないのね』
前にアルページュが零した独り言。
すみません、やっと気付きました。
俺が納得顔を上げた時、窓ガラスをコンコンと叩く音がした。
「やっと帰ってきた!」
ノーマが嬉しそうに窓を開けると、一羽のタムルが飛び込んできて、ノーマの肩に止まった。
タムルは直ぐにノーマに耳打ちを始めた。
俺にはチュンチュンとしか聞こえないが、ノーマはうんうんと頷いている。
そして、みるみるその顔を曇らせた。
「あの…イオリ様…」
いや、わかった。
「謁見、断られたな」
ノーマが申し訳なさそうに頭を下げた。
前にも皇帝にそんな感じで対応されたな。さすがに兄妹だ、よく似てやがる。
あの時は無理矢理ねじ込んだわけだが…
「今回も無理矢理ねじ込むしかないか…」
「お、カチコミですか?いつでもどこでもお供しますよ!」
朽木は嬉しそうに物騒な事を口走っているが、残念ながら俺はあの姉と違ってそんな武闘派ではない。
「ノーマ、頼みがある」
「なんですか?なんでもしますよ」
「あのビルの中へ、俺達を転移してくれ」
「へ?」
「おお!やっぱりカチコむんですね!」
朽木が拳を振り上げた。
いや、だからそんな感じじゃなくて…
あれ、でも結果的にはそうなるのかな?




