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低能な料理番  作者: ミツル
第三章 帝国のアイドル

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 足元がほのかに温かくなっているような気がした。

 温かさが膝まで上がってきて、それが気のせいなどではなく、流れ出るノーマの感情なのだと気付いた。


「おいひい!おいひいよお!」

 

 当のノーマは、涙をポロンポロンと零しながらも、それを気にも留めずに二口目、三口目と、矢継ぎ早に料理を口に運んでいる。


 まるでちっちゃい子だな。


 さっき俺が見とれた美少女はいまちょっとお留守のようだ。

 まぁそれはそれで可愛いのだけれど…


 フランチェスカはフランチェスカで、黙り込んだまま、噛みしめる様にパドーレの味を確かめている。

 きちんとよく噛んで、柔らかい動きで飲み込んだ後、ほっと息を吐きだした。


「すごく美味しい、…なんか、懐かしい…」


 前にパドーレを食べた幼い時の情景はよく覚えていないのかもしれないが、強く響いた味は、それをとても美味しいと感じたのならば、その時の感動と共に舌が覚えているものだ、と俺は思う。


 だから美味しい物は、『楽しい』のだ。


 やがてノーマの感情は、部屋全体に広がっていった。それは以前鳥の柳川風を作った時に似た、懐かしむような暖かい感情だが、あの時よりもたくさん混ざっている気持ちが、俺達を笑顔にしていた。


 『楽しい』ノーマは今そう思っている。


「おいひい、楽しい!」

 本人も実際に口に出してそう言ってしまっていた。


 フランチェスカも、頬を伝い落ちた涙をさっと拭うと、

「そうだね、楽しい。久しぶりにとても楽しい食事だわ」

そう、誰に言うでもなく、呟いた。


「フラン、何泣いてんの?」

「何言ってんのよ。ノーマこそ鏡見る?」

「だって美味しいんだもん。おかわり頂戴」

「もっとゆっくり味わって食べなさいよ」


 そんな二人を見守っている皇帝の皿が空になっていた。


「皇帝、俺で良ければよそいましょうか?」

「ん、ああ頼む。大目にな」


 たっぷりと具材をよそった取り皿を受け取ると、それを口に運びながら皇帝は俺をじろりと睨みつけた。


「この食事会は本来私からの試験だったはずなんだがな。すっかり脇役にされてしまったな」

「申し訳ございません。となると、試験は不合格ですか?」

「そうだな…」


 皇帝が目を細めた。


「ちょっとノーマ!魚ばっかり食べないでよ」

「フランがのんびり食べ過ぎなの!」

「はぁ?」

 微笑ましいやり取りが続いている。


「仕方がない、合格だ。これはまぁ、私もとても楽しい」


「…ありがとうございます」

 そう言いながら横を見ると、エルブジがバカみたいに号泣していた。


「ううう、二人とも、どでも大ぎくなって」


 この場にガガンやジェーンがいなくてよかった。あやうく孫自慢大会になる所だった。


 フランはともかく、皇帝とノーマがつつく鍋は消費スピードが半端ではなく、第三ラウンドを経て具材はほぼ空っぽになった。


 落ち着いた所で、フランチェスカが俺に『ツン』の方で向き直った。


「…したわ…」


 ちょっと小声過ぎですが…


 俺がわざとらしく首を捻ったので、フランチェスカは『ツン』色を更に強めた。


「感動したわ。ああしましたとも。食事でこんなに楽しいと思ったのは久しぶりだわ。残念だけどあなたは、まあそうね、確かに優秀な料理人みたいね。この為にわざわざ遠方まで漁に出て魚を獲ってくるなんて思いもよらなかったわ。そこまでされたらまぁそこは評価しないと、せっかくの努力ですし、少しは認めるのが大事な事くらいは分かってるわ。だいたいそんなところかしら。ノーマが褒めるだけの事はあるかなって少しは思ったし、まぁ、そうね、み、認めてあげても、まぁいいわ。でも今回だけだけどね」


「素直じゃないなぁ」

「ほんと、素直じゃないですよね」

「なによ、二人して!」


 フランチェスカがふくれっ面になったところで、ブルーノがほかほかの土鍋を運んできた。


「では締めと行きましょうか」


 土鍋の蓋を開けると、炊きたてのクルクルが甘い湯気をぶわっと吐き出した。


「皇帝、ノーマ、ちょっと待ってください。これはこのまま食べるわけではありません」

「えええ?」

「あ、うん、そうか…こほん。今、締め、と言ったか?」

 乗り出していた身を引きながら、皇帝が頬を赤らめている。


「はい。これが鍋料理の流儀です」


 俺はホーロー鍋にクルクルを投入して混ぜると、しっかりと蓋をした。


「このスープでクルクルに最高位の魔法をかけます。魔法名は『雑炊』です」


「えええ?聞いてない!私お腹いっぱいだよ」

 フランチェスカが足をバタつかせて駄々をこねた。


「大丈夫よフラン。これは別腹ってやつよ」

「うむ、その通りだな」

「人間基準で言ってよ」

「あははは」


 蓋を開ける。

 

 テペルとパドーレと各種野菜の旨味をたっぷりと吸い込んだ雑炊が、ほんわかと仕上がった。


「ではここに…」


 ミルクピッチャーから生クリームをクルリと一回しする。仕上げは上々だ。


「…おいしそうじゃない」

 駄々をこねていたフランチェスカが目を輝かせた。


「はい、フラン、お皿出して。今度は私がとり分けてあげる」

「少しで大丈夫だから。ノーマ基準で入れないでね!」

「わしはたっぷりと頼む!」

「はーい。かしこまりました!」


 部屋中を覆う『楽しい』感情は、果たしてノーマだけのものだろうか?


「イオリ様。本当にありがとうございます」

 そう言ってくれたエルブジの目からは、まだ涙がだだ零れていた。


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