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テーブルに夕食が配膳されると、フランチェスカが怒りを露わにした。
「あなた、ふざけてるの?」
テーブルの真ん中にはコンロ、その上にホーロー鍋、その横には壺に入ったフュメ、ボールに入れた濃厚テペル(トマト)ソース、そして大皿に盛り付けた野菜と、たっぷりのパドーレの切り身、切り身は厚めに仕上げた。
要するに、何も調理されていない材料だけがテーブルに並んでいるわけである。
フランチェスカだけでなく、皇帝も眉をしかめている。配膳を担当したエルブジも、ノーマさえもが、『本当に大丈夫ですか?イオリ様』という表情を俺に向けている。
全部、予想通りだ。
「大丈夫です、ご安心ください」
俺は鍋に少しのオイル、ブルル…ニンニクのみじん切りを入れて、コンロの火をつけた。
「今晩の夕食は、今この場で調理します」
「はぁ?」
何を言ってるの?という顔のフランチェスカに対して、皇帝は俺の言葉に「ほう」と表情を緩めた。さすがに皇帝だ、すでに今夜のメニューのキモを理解したようだ。
香りが立ってきたら壺からフュメを注ぐ。香ばしい匂いが蒸気と共に部屋に舞った。
この時点でノーマは完全にうっとりとした顔に変わっている。
分かりやすくて良い。
お玉でテペルソースを掬ってフュメに溶かしていく。
溶かす量は味見が出来ない俺にとっては勘だけが頼りだ。
少し迷ったが、ええい!と濃い目に溶かした。相手は若者と、こってり大好き中年だ。
そしてそこに、野菜とパドーレを綺麗に、彩良く並べていく。
野菜は昨日腰を痛めて収穫した、キャベツっぽいやつ、ブロッコリー的な奴、巨大ニンジン(ここまでは正式な名前が分からない)そしてもうおなじみの大型赤皮玉ねぎのビリーネだ。
赤いスープが、白いパドーレの身に纏う。
特製のホーロー鍋が、色の演出をさらにレベルアップしてくれている。
太陽をいっぱいに受けて育ったテペルの赤は太陽のような赤に、上品なパドーレの白は優しい白に包まれて映える。
フランチェスカが何か言いかけて、慌てて口を噤んだ。
でもちゃんと聞こえたよ。
「綺麗…」って呟いたのが。
イメージ通りだ。ありがとうラシーム。
最後に塩と胡椒を少し振る。
熱伝導性に優れたホーローは、直ぐにスープを沸かしてくれた。
「それでは少々お待ちください」
火を弱火にして、蓋をする。
そこにいる全員が、無言で蓋の穴から吹き出す蒸気に注目していた。
途中皇帝が何度か俺の顔を見た。
待って下さい、もう少し。
我慢しきれずフランチェスカを俺の顔を見た時、
「そろそろですね」
と俺は笑って見返した。
「フン!」
と顔を逸らしたお姫様は、俺が鍋に手を伸ばすと同時に、顔を正面に戻した。
「どうぞ、召し上がって下さい!」
蓋をとると同時に、すべての材料の香りが混ざった魔法の湯気が食卓を席巻した。
「おおおー」
皇帝が目を瞑り、すべての香りを吸い込まんばかりに鼻を広げた。
「ふわああああ」
フランチェスカが、湯気の下に現れた赤と白のコントラストに、目を輝かせた。
「パドーレのトマト鍋です。お好きな量をご自由にお取り下さい」
エルブジが、おお、という顔になった。
皇帝が、
「なるほど、そういう事か」
と、鍋の傍らに据えてあったお玉を手に取り、フランチェスカに差し出した。
「レディーファーストだ。フランからどうぞ」
さすが皇帝、分かってらっしゃる。
俺は積み重ねてあった深めの取り皿を、皇帝とフランチェスカの前に置いた。
「こちらにどうぞ」
「あ、ありがとう」
お玉を手に、フランチェスカが少し戸惑っている。
…うん、いいタイミングだ。
俺はもう一枚用意していた取り皿を、テーブルの空いたスペースに置いた。
エルブジに目配せを…しようとした時には、エルブジは既に新しい椅子を運び始めていた。
「何?」
「フランチェスカ様、今日はあなたの為に、特別ゲストをお呼びしています」
「は?特別ゲスト?いったい何を?」
俺は目いっぱいの笑顔を、テーブルの後ろでうっとりと鍋を見つめている竜の娘に向けた。
「さあ、ノーマ。席について」
「え?え?ええ?」
ノーマが、きっちり三度、俺を見直した。




