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低能な料理番  作者: ミツル
第三章 帝国のアイドル

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36

「いいですか?押しますよ…」


 ゲストルームのベッドでうつ伏せになっている俺に跨ったノーマが、腰に当てた両の掌をゆっくりと押し付けてきた。


「待ってくれノーマ。そっと、そっとだぞ…」

「わかってます。私が本気で押したら、イオリ様の腰なんて一瞬で…」


 いや、どうなっちゃうの?


 冷汗が一筋、頬を伝って流れ落ちる。


「いっ!いつつつつつつ!」


 電気ショックのような痛みが、腰から全身を駆け巡った。

 冷汗が何十筋も顔全体を流れ落ちる。


「イオリ様!大丈夫ですか?」


 腰の圧力がふっと消えた。が、痛みはそのままそこに残留していた。


「が、がび丈夫…」


 自分でも分かる程の情けない声しか出なかった。


「ねえ、あんた達いったい何してんの?」 


 蔑むような声がした。

 

 入り口にリドが立っていた。

 声の通り、可愛そうな物を見る目で俺達を凝視している。

 

 俺は恥ずかしさのあまり、枕に顔を埋めた。


「頼まれた物、持ってきたけど…」

「ありがとうリド。助かる」


 俺の背からノーマの重みが消えた。

 普通に考えたら天国のような状況だったわけだが、実のところは地獄のような現状だ。


「冷却石とか、何に使うの?」

「いや、それがイオリ様がちょっと…」


 俺は枕から片目だけ浮かせてリドの表情を伺った。


 リドはテーブルの上に置かれた木箱を見つめていた。

 箱の中身は、早朝からセルパに出向いて収穫してきた野菜だ。ドッサリある。

 そしてリドは、ゆっくりと俺の方に視線を動かした。

 

 うつ伏せのままピクリとも動か(け)ない俺の姿を確認すると、どうやら状況が理解できたらしく、次の瞬間、

「ぷはははははははははは!」

滅茶苦茶高らかに笑い始めた。


「…笑わないで…」

「…笑わないであげて下さい…」


 ノーマ、君まで顔を真っ赤に染める事はないよ…

 張り切って農作業をして、はしゃぎすぎてぎっくり腰になったのは俺のミスなんだから…


「いや、ごめんごめん。ぷぷぷ。それならこれで冷やして安静にしておくのがいいわよ…ふふふ…」

「同情するか笑うかどっちかにしてくれ」

「ははは、きっとあっちこっち出張ったせいで体が疲れてたんでしょうね」


 リドは野菜をゴソゴソと漁り始めた。


「あー、ふんふん。なるほど、これとこれと…へー、これもか…」

 嬉しそうに一しきり確認すると、振り返って、

「なるほどね」

そう言いながらニヤリと笑い、

「じゃあこの野菜は新鮮なうちに保管庫に入れとくわ」

と、野菜のいっぱい詰まった箱をひょいと持ち上げた。


「イオリは明日に備えてゆっくり静養しときなさい。あとでブルートから腰痛用の腰帯を借りてきてあげるから」


 そうかブルート、腰痛仲間だったか…


「でもそうはいかないんだよ。仕込んでおきたいものもあるし…いつつ」

「ダメですよ、今動いちゃ」


 しかし本番はもう明日だし…


「心配しなくても大丈夫よ。あの魚の頭と骨でフュメを仕込んどけばいいんでしょ。香草はこの箱の中にあるものだけでいいの?」

「え、あ、ああ…」

「ま、実際はブルート達にやらせるんだけど」

そう言い残してリドは部屋から出て行った。


「…流石だなあ」

「流石でしょう」


 ノーマがベッドに腰かけて、俺の腰に布でくるんだ冷却石というものらしいを当てがってくれた。

 腰がひんやりと気持ちがいい。

 痛みがいくらか和らいでいく。


「少し休んで下さい。大丈夫です。イオリ様はよく頑張ってますよ…」


 心地の良い声と、背中に置かれた心地の良い掌の柔らかさに、俺はまどろみを覚えた。


「…子守歌でも歌いますか?」

「…やめてくれ…さすがにそれは…」


 恥ずかしい…


 俺は、そのまま眠りに落ちた。


 さわりと、頬に風を感じて、俺は目を覚ました。

 どの位眠っていたのか?差し込む陽光が、柔らかくなっている。

 開いた窓からの風が、カーテンをふわりと揺らしている。


 枕元の椅子にノーマが座っていた。

 針と糸で何かを縫っている。


「お目覚めですか?」

 ふわりと揺れる髪と、ふわりと流れる優しい声。


 ここは天国だろうか?天使がいる。


 俺は体を反転して仰向けになった。


「ちょっと!イオリ様」

「大丈夫、随分良くなった」


 実際痛みは殆ど感じなかった。


「それは?」

「あ、ブルートが借してくれた腰帯です。リドが持ってきてくれたんですけど、ちょっと大きさが…すぐに直すので…」

「ありがとう」 

 

 そのまま縫物をするノーマの顔を暫く見続けた。

 ずっと、笑みを絶やさない。

 ふと、聞いてみようと思った。


「ノーマ、一つ聞いていいか?」

「なんですか?」

「フランチェスカと一緒に、歌姫になってみようと思ったことはないのか?」

「あー、それですか…そうですねぇ」

 

 ノーマは少しだけ困ったような風を見せたが、直ぐに微笑みを取り戻した。


「それも楽しいかな、と思った事はありますよ」


 やっぱりそうなんだ。


「でも私はフラン程歌も踊りも上手じゃないので…細かい表現、というのがどうも苦手で」 


 あー、なるほど。


「私はここでお洗濯したり、お掃除したり、エルブジ様のお手伝いをしているのが本当に楽しんです…それに…」


 ノーマは裁縫の手を止め、窓の外を見た。


「私はこのお城に育ててもらったので、少しでも恩返しがしたいんですよね」


 小鳥の鳴く声が聞こえた。タムルかな?


「みんな、いい人だからなぁ」

「そうなんです。とってもいい人ばかりなんですよ」


 自慢げな笑顔。

 ノーマにとってこの城の人々すべてが家族なのだろう。

 もちろん、フランチェスカも。


「出来ました!」


 ノーマは糸を鋏で切ると、俺の腰に当てがって来た。


「ぴったりですよ。完璧です!」


 自慢げな笑顔。

 抱き締めたくなる衝動を誤魔化すために俺は両手ををグッと頭上に突き上げた。


「よし、明日は頑張るか!いてて」

「ほら、まだ無理しちゃだめですって!」


 腰が痛いなんて言ってられない。

 明日は、必ず美味しい料理を食べてもらおう。


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