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ラシームは俺の顔をまじまじと見つめると、ふと嬉しそうに微笑んだ。
「あなた、もしかしてイオリ・クドウさんかしら?」
「え?」
いくら魔女でもそれはお見通し過ぎじゃないか?
手に水晶玉でも持っているならともかく…
「さ、さすがイオリ様!皇帝のお食事の件がこんな所にまで噂になってるなんて、すごいです!」
突然ノーマが割って入ってきた。
「そうですよね!ラシーム様!」
勢いで押し切ろうというのが見え見えのノーマに、ラシームはあからさまな作り笑顔で応えた。
まあ、そういう事にしときましょう、という顔だ。
俺の顔を見上げるノーマの額に、うっすらと汗が見えた。
「さあ、イオリ様、ご注文をどうぞ!」
「あ、ああ、そうだな…」
正直者のいっぱいいっぱいの誤魔化しっぷりに、少し憐みのような感覚が浮かんで、ここは乗っておく事にした。
「このホーロー鍋は、あなたが作られたのですか?」
「そうですよ。私の自信作です」
「うちの店でしか売ってない、いわば代表作なんですよ!」
コルはとても得意げに言った。
その気持ちはよくわかる。
表面の滑らかさ、しっかりとした重み、取っ手の加工、取り付け、どこを見ても、とても丁寧に、とてもこだわって作られているのは間違いない。
「もうお気付きだと思うけど、これはあなたの世界のホーロー鍋を参考に作ったものなの。私は夜空の鍋、と呼んでいるわ」
なるほど、夢のあるネーミングだ。嫌いじゃない。
嫌いではないのだが…
「すみませんが、この鍋、他の形とか色ってありますか?」
この一言に、コルが顔色を変えた。
「すみません、うちの商品がお気に召さないってことですか?」
「まあまあコル、お待ちなさい」
コルの剣幕を、ラシームが静かに、だがきっちりと制した。
「イオリ様、今ここにはこの商品しかないのですが、これでは駄目なのですか?」
「いや確かに素晴らしい鍋だとは思います。ですが、俺が今作ろうとしている料理用には、サイズが少し小さいのと、あと色ももう少し華やかなものが理想というか、必要なので」
「へえ、必要、なるほど」
ラシームは、少し感心したように目を開いた。
「もう一つ質問していいかしら?あなたの世界に帰れば、あなたが欲しい鍋なんていくらでもあるはずよ。そこの娘さんに頼んで帰れば、簡単に手に入るでしょう?何故わざわざこんな所まで来てまで鍋を探そうとしたのかしら…」
「ああ、それですか…」
三人の視線が俺に集まっていた。
「別にこだわりってわけじゃないんですけど…まあ調理法は自分のやり方でしかできないんで仕方ないとして、この世界で料理を作ってこの世界の人に食べて頂くなら、せめてできる限りはこの世界の物を使いたいというか…」
「それは何故かしら?」
俺は人差し指で頬を掻いた。
なんか三人ともが、俺に熱い視線を向けている。
「その…使う素材は、この世界で生きていた命を使わせてもらうわけですから…」
「気に入った!」
ラシームが掌で俺の右肩をパンと叩いた。
「気に入りました!」
コルが掌で俺の左肩をパンと叩いた。
「ずっと気に入ってます!」
ノーマが振り上げた掌の行き場所を探して、そっと俺の胸にあててきた。
「よろしい!あなたのお好きな形、大きさで、お好きなお色で作りましょう!」
「え、作る?…今から作るんですか?いやそんなお手間を」
「ご心配なく、そうね…三十分程待って頂けるかしら?」
「は?三十分?」
いや粘土細工じゃあるまいし…
目を丸くする俺を見て、ラシームとコルが揃って口角を上げた。
「コル、イオリ様は私達の実力を信じていないようですよ」
「ではおばあ様、実際に作業を見て頂くのはどうですか?」
「それはとても良い考えね!」
いささか芝居じみた会話を終えると、ラシームはさっさと店の奥へと入っていった。
「ではイオリ様、どうぞこちらへ」
コルが芝居じみたゼスチャーで店の奥へと促す。
「ラシーム自慢の魔法工房へどうぞ!」
なんだそれ、めちゃくちゃ楽しそう。




