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低能な料理番  作者: ミツル
第三章 帝国のアイドル

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33

 ノーマに続いて、階段に足を踏み入れた。

 もっと暗い、ジメジメした雰囲気を想像していたのだが、階段はとても明るかった。

 天井も、側面のパネルも、階段さえもそれ自体が発光している。

 そっとパネルを触ってみると、ツルツルとした手触りで、だが重厚感がある。イメージ的には鉱石なのだが、その由来はさっぱりわからない。

 

 そういえば、城の厨房にも似たような感じのものがたくさんあったような…


「なあノーマ?ここはなんなんだ?」

「え?ここですか?ここは工業ギルド所属のお店が並ぶエリアで、通称『マジカルプロムナード』って呼ばれています」

「いや、随分メルヘンチックな名前のわりには、入り口の罠が危な過ぎないか?」

「ああ、あれは通行儀礼ですよ」


 ちょっと待った。命を落としかけといてそれはちょっと納得がいかない。


「このエリアのお店は、ほとんどが魔法技術に長けた職人さんのお店ですから。あの位の悪戯に品弄されるような客は来なくていいという、まぁ、頑固と言えば頑固ですけどね」


 それは突っ込み所が多すぎるぞ。


「ちょっと待て。じゃあリドやプジョルもあんな物騒なものをいつもいなせしてるわけか?」

 

 その質問にノーマは一度立ち止まると、振り返って笑顔だけを浮かべた。


「ちょっと、ノーマさん…」


 逃げる様に進むノーマの後を追って階段を降りると、そこには地上と見間違えんばかりの空間が広がっていた。

 

 階段同様にとても明るい。

 見上げると、やはり天井が光を放っていた。強い光のはずだが、まったく眩しくない。

 放射状に広がる幾本もの石畳の通りと、その脇にずらりと並ぶ店の列。地上に比べて店一軒の規模は小さいが、数がとても多い。

 入り口に吊るされた看板には椅子と机だの、鍬と鋤だの、フォークとナイフだの、羽ペンと紙だの、多種多様な物がそれぞれに描かれている。

 俺の世界にも調理用具や飲食店の道具等を扱う店が集中している専門的な道具街があるが、それに似たものなのだろう。

 規模はこちらの方が圧倒的に大きいが…


「えーと、たしかこっちですね」


 ノーマに付いていかないと迷いそうだ。

 通りをかなり奥まで歩いた所で、ノーマが立ち止まった。


「ありました!ここです!」


 石造りのこじんまりとした店には、看板に鍋とお玉の絵が描いてあった。


「ここがラシームの店…」

「こんにちは!」


 ノーマがさっさと入って行ってしまったので、俺も後に続いて入らざるを得なかった。


 入り口を通る時、一瞬あの触手を思い出してびくっとしてしまったが、中から、

「大丈夫ですよ。ここにはあんな悪趣味な魔法は組みつけてませんから!」

と、明るい女性の声が響いて俺を安心させてくれた。


「いらっしゃいませ。ラシームの店にようこそ。私は店主のコルです」


 黒髪の、落ち着いた雰囲気を持つ若い女性が笑顔で出迎えてくれた。


「コルさん!お久しぶりです」

「あらノーマちゃん!お使いなんて久しぶりでしょう?元気だった?」


 ここでもノーマはそのハイレベルなコミュ能力を発揮している。城下街で知らない人はいなんじゃないか?


 盛り上がる女子トークの間に店内を見回すと、店主同様に落ち着いた雰囲気の良い店だった。

 鍋やフライパン、調理器具にカトラリー、テーブルクロス等が女性らしい、華やかな陳列で並んでいる。

 金物屋と聞いて、しかも職人気質なエリアだと言われて、もっと質実なイメージを持っていたのだが、ここはどちらかというと雑貨屋的な感じだ。


 よかった。心が休まる…


「あ…」

 

 俺の目が、中央の陳列台に並ぶ蒼い鍋に釘付けになった。


「あら、お気に召して?」


 思わず手に取っていた。

 木製の柄が付いた片手鍋だ。

 持つと、大きさのわりにずっしりと重い。

 鍋全体がガラスのようにつやつやと光り、何よりも深い蒼に散りばめた白い点の模様、この星空のような表面は…


「間違いない…」

「これが、イオリ様が探していたお鍋ですか?」


「そう。これだよ。このホーロー鍋」


「あら?」

 俺の言葉に、コルが驚いて見せた。


「ああ、なるほどねぇ」


「あれ、いまのコルさん?」


 聞こえてきたのはコルとはまったく違う、年配の女性の声だった。

 店の奥からだ。

 直ぐに声の主が現れた。


 肩から毛糸のショールをかけた、細身のおばあさんだ。ショールの下には、黒いワンピース。俺が知る限り、これはベテラン魔女のいでたちだが…


「あ、祖母のラシームです」

 コムが紹介してくれた。


 なるほど、店名の由来が分かった。


「ふふふ」


 意味ありげに笑いながら、ラシームは俺の手から鍋を取り去り、その表面を撫でた。


「この鍋をホーローと呼ぶということは、あなた、あちらの人間ね?」


 どうやら、魔女はなんでもお見通しらしい。


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