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低能な料理番  作者: ミツル
第三章 帝国のアイドル

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32

 お城の雰囲気でなんとなく想像は出来ていたのだが、帝都の城下街は、とても平和な街だった。

 ベルカントと違い、道幅はどこも広く整備されていて、一つ一つの店も大きく、露店も見当たらない。行き交う人々もどこか落ち着いた雰囲気がある。

 さすが首都といったところだ。


「イオリ様、こちらです!」

 

 前方でノーマが一つの店を指差していた。


「お、そこがラシームの店か?」

「いえ?ここは最近評判の揚げ甘味の店ですが?」


キョトンと答えながら、もうドアに手がかかっている。


十分後、両手に持ったドーナツっぽいスイーツにほくほくでかぶりつきながら通りを歩くノーマは、すでに次の店を探している。


 既にこれを数店舗分、繰り返していた。


 それにしても…


 後ろからついて歩いていると、通りすがる男性がほぼノーマを見ているのがわかる。

 頬を赤らめている者、目で追い過ぎて看板にぶつかりそうになる者、連れの女性にツネられる者、『街を歩く美少女』の表現法を集めた見本市のような光景が繰り広げられていた。


 まあ、やっぱり目立つよな。めちゃくちゃ可愛いもんな。


 『私と一緒に歌姫をしてもらうわ!』


 フランチェスカが拘るのも無理はない、ということか。

 

 本人はどう思っているのだろう?

 

 嫌がっている風には見えたが、年頃の娘さんならそういうのも、ましてや資質は申し分ないのに、やってみたいとは思わないのだろうか?


「イオリ様、どうぞ!」


いつの間にか隣を歩いていたノーマが、手にしたドーナツを俺に差し出してきた。ちゃんと、一口齧ってある。

 

「あ、ありがとう」


 周りの視線を気にしながら、一口齧る。


 さっくりとした食感。

 鼻腔を突くのはシナモンに似た香り。

 そこから想像するに、かなり甘そうだ。


 やっぱりこれはかなりシンプルだが、多分ドーナツだな。


「美味しいですか…あ!ごめんなさい」

ノーマが頭を下げた。


「謝らなくでいいよ。ノーマがくれたんだ、不味いわけないだろ」

「でも、ごめんなさい。楽しくてハメを外しすぎちゃいました」


もう一度頭を下げたノーマだが、顔を上げた時にはもう笑顔に戻っていた。


「楽しいですね」

 

 それはよーく分かる。俺も楽しい。


「ノーマはこの街に詳しいんだな」

「それはもう、ちっちゃい時から知ってますからね」

「ノーマはどうしてお城に?」

「私は子供の時に両親と生き別れちゃって。多分おばあちゃんが口をきいてくれたんだと思うんですけど」


 なるほど、おのお城ならば大勢の人間に囲まれて、さぞかし安全に素直に育ててもらったのだろう。

 さすがジェーン、ナイス判断だ。


 「生き別れた両親」というのがすごく気になったが、結局詳しくは聞けなかった。


「イオリ様、ここが入り口です」


 目的地に着いたからだ。


「ん?入り口って?」


 ノーマが立っているのは、真っ直ぐ地面に立つ分厚くてばかでかい鉄板の前だった。高さでノーマの身長の二倍、横幅は両手を広げても届かないだろう。

 

 近づいて軽くノックしてみるとやはり鉄板だ。サビひとつない。裏側に回って軽くノックしてみると、やはり同じ鉄板だった。やはりこの面にもサビひとつない。

 しかも地面に突き刺さっているわけでもなく、何かに支えられているわけでもない。 

 ちょっとだけ手で押してみたが、びくともしなかった。


 どういう仕組みで立ってるんだ?


「もうイオリ様、何やってるんですか?動くわけないじゃないですかあ」


 え?俺は今ボケた感じになっちゃてる?


「ちゃんと私の隣に立っておいてくださいね」


 言われた通りにした。


「…でないと命に関わりますからね」


 え?今なんて?ノーマ様?


 ノーマは鉄板の前に立つと、その表面に額を押し付けた。


 途端に鉄板の表面に小さな光が宿り、それは残光を引っ張りながら鉄板の端から端まで走り回り、最後にノーマの額の場所で止まった。


「ノーマです。お城のお使いで来ました」


 てっきり呪文でも唱えるのかと思っていたのだが、もしかしたら声紋認証とかか?


 小さな、澄んだ鈴の音が短く鳴った。

 続いて、女性の声でアナウンスが流れ始めた。


『かしこまりました。扉を開けます。どうぞおさが…』


 ガッ!


 『り』以降が聞こえてくる前に俺の視界が激変した。

 

 目がついていかなかったが正解は『鉄板がマッハで遠ざかっていっている』で、理由は『ノーマが瞬時に俺を胸に抱き抱えて後ろに大きく飛び退いた』からだ。

 

 飛び去る俺達を追いかけるように、鉄板の表面から飛び出した無数の触手が、猛スピードでうねりながら迫ってきた。


「もう一回かな」


一度着地したノーマは、冷静にそう言うと着地した足を蹴ってもう一度後方へジャンプした。


 今ノーマがいたその場所に触手がまとめて振り落とされて、石畳の地面がボロボロにえぐれた。


 あの触手、鉄で出来てる。


 ゾッとした。あのまま鉄板の前にいたら今頃は各部位ごとにさばかれて肉塊になっていたところだ。


 ノーマは鉄板から数十メートル離れた場所に着地した。

 着地のショックで、俺の顔がノーマの胸に打ち付けられそうになったが、大きくて弾力の優れた二つの吸収材のおかげで何事もなく済んだ。


「ご無事ですか?」

「ああ、大丈夫」


 どちらかと言えば、楽しかったです。


「あれはなんだったんだ?」

「ですから、入り口ですよ」


 いまや鉄板は鉄板ではなく、うねる鉄の触手が集合した丸い柱に変化していた。


「もう大丈夫です」


 ノーマはスタスタと柱に歩み寄ると、触手の隙間に両手を突っ込んで、それを力強く両側に広げた。


「さて行きましょうか」


 広げた先には、下に続く金属製の階段があった。


 

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