30
「色からすると、太刀魚だよな…」
「でも姐さん全然形が違いますよ、どっちかというとカツオか青物か…」
「こんな顔つきのカツオなんて見た事ないぞ」
帰りの船上、パドーレを前に俺達は頭を捻っていた。
絶命する前に朽木が完璧な締め処理を施したパドーレは、時間保管箱の中に横たわっている。これでいつまでも獲れたての新鮮さが保てるというわけだ。
で、問題はどんな味なのか?
結局俺達異世界人の見解では、『見ただけではまるで想像がつきません』という結論が導き出された。
「うーん、こっちでも似たような魚、見た事がないわねぇ…」
「俺も初めてです。図鑑にも味の事はただとても美味しい、としか書いてなかったですから」
こちらの魚専門家も、同様の結論しか出せなかった。
「じゃあじゃあ!食べてみればいいんじゃないですか?」
ノーマ、確かにそれは正しいが、まずは涎を処理してから言った方がいいと思うぞ。
「まあでも、ノーマの言う通りしか確かめようがないわねえ…」
「だけどこれしかいないわけだしな…」
体長約一メートル、確かに大きな魚だが、これは最終的にあの皇帝ダカン・ロカの食卓に出す素材だ。下手したら一匹丸ごと喰いかねない。しかもアルページュとの約束もある。
「私の分は少しでいいわよ。ガガンもキケも小食だから、半身のこのくらいで」
俺の意を汲み取ったのか、アルページュが身の五分の一程を指で示した。
「ありがとう。じゃあ少しだけ食ってみるか…」
「やった!」
ノーマが万歳した。
どちらにしても、味が分からない事には料理のしようがない。
まぁもっとも、俺が食べたところで全く分からないのだが…
「イオリさん、これ使って下さい」
朽木が道具箱から出刃包丁を取り出した。鋼の刃に銘が打ってある。一般人が使うような代物ではない。手入れが行き届いた良い包丁だ。よく使いこまれて、刃は研ぎ続けた分、少し細身になっていた。
総長様、彼にどれだけ捌かせたんだ…
パドーレを三枚におろしていく。
切れ味が心地良い。
切り離した頭と骨は、当然捨てずに残した。
パドーレの身は白身だった。
鯛や鮃の白身とは少し違う。透明感のある白ではなくて、どちらかというと乳白色に近い。だがタラやハタ系とも違う。
なんだろう、切っていく感じが、もってりとした…どちらかと言えば…
俺は半身のうち尾の方三分の一程を切り分けて二つの柵にして、そのうち一つの皮を引いた。
「おいイオリ、そりゃあ…」
「あら、そうしちゃうの?」
さすがに紗友里とアルページュは同時に気付いたようだ。
「ああ、この試食は、姉ちゃんにお願いしようと思う」
背後でカチャーンと金属音が響いた。
分かっている。ノーマが持っていたフォークを落とした音だ。
「ゔえええええ」
うん、分かっている。ノーマのショックはよく分かっている。
だがこれは、俺にとっては一番理にかなった選択なのだ。
俺が知りたいのは、パドーレがどの魚に似通った味か、という事だ。
…俺達の世界の。
その為には、紗友里に食ってもらうのが最適だ。
パドーレの『刺身』を。
シンプルに魚の味を知るには刺身が一番だ。
となれば俺達日本人の出番だ。
中でも紗友里はなんでも好き嫌いなく食べる。たとえそれが黒い色のトマトでもだ。
だから、紗友里は色々な物の味を知っている。
その舌の知識が、今は頼りになる。
「姐さん、これを…」
朽木がクーラーボックスから刺身醤油と生ワサビ、鮫皮のおろし、割りばしの『お刺身セット』を取り出した。ここまでくればその舎弟根性、見上げた物である。
俺は薄めに切り分けたパドーレの刺身を皿に盛り付けた。
「さあ、食べてくれ」
紗友里はおろしたワサビを少量刺身に乗せると、軽く包むようにつまみ上げ、醤油にちょんとつけた。
「…おお」
朽木が驚いたのは、その瞬間醤油の表面にさっと脂が広がっていったからだ。
やはりそうだ。料理を初めてすぐに分かった事。
パドーレの身は、すごく脂がのっている。
「すうー」
刺身を口元まで運んで、紗友里が鼻息を吸い込んだ。さすがの総長も緊張しているのか、それともワサビの風味を鼻に乗せる為か。
一呼吸おいて、紗友里はパドーレをぱくりと食べた。
「!!!!!」
その瞬間、紗友里がいきなりバタバタと暴れ始めた。
手も足もバタつかせて、顔は大きくのけ反っている。
それは十数秒間続き、そして間もなく収まった。
正気に戻った紗友里の額には、汗が滲み出ていた。
「…なんだ、これ…」
紗友里は一言だけ漏らすと、直ぐに次の一切れを食べた。
そして再び暴れ始めた。
そのローテーションを計五回(つまり刺身五切れ分)繰り返してから、紗友里は箸を置いた。
「美味すぎるだろ…」
これが紗友里の最初の感想だった。
「脂がくそ甘え。のったりとした舌ざわりがたまんねぇ」
これは、もう一度箸を掴もうとする自分の右手を、左手で抑えながら口にした。
「で、どうなんだ?」
「ちょっと待て…」
紗友里は大きく息を吐き出した。
そして目を瞑ったまま、少し考え込んで、十秒後、かっと目を見開いた。
「そうか、それだな…」
どれだよ?
「イオリ、私は正直こんな美味い刺身は食ったことがない。脂の乗り、食感、新鮮さ、完全にレベチだ。だけどな、この魚の味は間違いなく、あれだ」
だからどれなんだよ!
紗友里の目に、紅い炎が沸き起こっていた。
「ホワイトサーモン、だ」
「ああ!なるほどね…」
俺の代わりにアルページュが言葉にしてくれた。
そうか、そういう事か。
脂の乗り方、切った時の包丁の感触、その答えが今ハッキリした。
「それにしてもホワイトサーモンとはな…」
俺は残った刺身をじっと見つめた。
表面が、浮き出た脂でテラテラと光っている。
この魚を、どう料理していくべきか…
「おい、おい!イオリ!」
別の所にいた意識を、紗友里の声が引き戻した。
「どうした姉ちゃん?まだ刺身作ろうか?」
「いや、それより、残った身でなんか作ってやった方がいいんじゃないか?」
と、後ろを見ろと目配せしてきた。
振り向くと、ノーマは真っ白に握りしめた両の拳で太ももあたりの服を掴み、さらに真っ白にした下唇を噛みしめて、そして床に水たまりが出来る程の涙を流していた。
「が、がいじょうびゅです。イボリ様。わだし、ぎゃばん、できばす……」
「うわあ!ノーマごめん!」
俺は残った身でバターソテーを作り、無事キャビンの中に嵐を呼び起こす事に成功した。




