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低能な料理番  作者: ミツル
第三章 帝国のアイドル

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「色からすると、太刀魚だよな…」

「でも姐さん全然形が違いますよ、どっちかというとカツオか青物か…」

「こんな顔つきのカツオなんて見た事ないぞ」

 

 帰りの船上、パドーレを前に俺達は頭を捻っていた。


 絶命する前に朽木が完璧な締め処理を施したパドーレは、時間保管箱の中に横たわっている。これでいつまでも獲れたての新鮮さが保てるというわけだ。

 

 で、問題はどんな味なのか?


 結局俺達異世界人の見解では、『見ただけではまるで想像がつきません』という結論が導き出された。


「うーん、こっちでも似たような魚、見た事がないわねぇ…」

「俺も初めてです。図鑑にも味の事はただとても美味しい、としか書いてなかったですから」


 こちらの魚専門家も、同様の結論しか出せなかった。


「じゃあじゃあ!食べてみればいいんじゃないですか?」


 ノーマ、確かにそれは正しいが、まずは涎を処理してから言った方がいいと思うぞ。


「まあでも、ノーマの言う通りしか確かめようがないわねえ…」

「だけどこれしかいないわけだしな…」


 体長約一メートル、確かに大きな魚だが、これは最終的にあの皇帝ダカン・ロカの食卓に出す素材だ。下手したら一匹丸ごと喰いかねない。しかもアルページュとの約束もある。


「私の分は少しでいいわよ。ガガンもキケも小食だから、半身のこのくらいで」


 俺の意を汲み取ったのか、アルページュが身の五分の一程を指で示した。


「ありがとう。じゃあ少しだけ食ってみるか…」

「やった!」


 ノーマが万歳した。


 どちらにしても、味が分からない事には料理のしようがない。

 まぁもっとも、俺が食べたところで全く分からないのだが…


「イオリさん、これ使って下さい」


 朽木が道具箱から出刃包丁を取り出した。鋼の刃に銘が打ってある。一般人が使うような代物ではない。手入れが行き届いた良い包丁だ。よく使いこまれて、刃は研ぎ続けた分、少し細身になっていた。


 総長様、彼にどれだけ捌かせたんだ…


 パドーレを三枚におろしていく。

 切れ味が心地良い。

 切り離した頭と骨は、当然捨てずに残した。


 パドーレの身は白身だった。


 鯛や鮃の白身とは少し違う。透明感のある白ではなくて、どちらかというと乳白色に近い。だがタラやハタ系とも違う。


 なんだろう、切っていく感じが、もってりとした…どちらかと言えば…


 俺は半身のうち尾の方三分の一程を切り分けて二つの柵にして、そのうち一つの皮を引いた。


「おいイオリ、そりゃあ…」

「あら、そうしちゃうの?」


 さすがに紗友里とアルページュは同時に気付いたようだ。


「ああ、この試食は、姉ちゃんにお願いしようと思う」

 

 背後でカチャーンと金属音が響いた。

 

 分かっている。ノーマが持っていたフォークを落とした音だ。


「ゔえええええ」

 

 うん、分かっている。ノーマのショックはよく分かっている。

 

 だがこれは、俺にとっては一番理にかなった選択なのだ。

 俺が知りたいのは、パドーレがどの魚に似通った味か、という事だ。

 

 …俺達の世界の。

 

 その為には、紗友里に食ってもらうのが最適だ。

 

 パドーレの『刺身』を。

 

 シンプルに魚の味を知るには刺身が一番だ。

 となれば俺達日本人の出番だ。

 中でも紗友里はなんでも好き嫌いなく食べる。たとえそれが黒い色のトマトでもだ。

 だから、紗友里は色々な物の味を知っている。

 その舌の知識が、今は頼りになる。


「姐さん、これを…」


 朽木がクーラーボックスから刺身醤油と生ワサビ、鮫皮のおろし、割りばしの『お刺身セット』を取り出した。ここまでくればその舎弟根性、見上げた物である。


 俺は薄めに切り分けたパドーレの刺身を皿に盛り付けた。


「さあ、食べてくれ」

 

 紗友里はおろしたワサビを少量刺身に乗せると、軽く包むようにつまみ上げ、醤油にちょんとつけた。


「…おお」

 朽木が驚いたのは、その瞬間醤油の表面にさっと脂が広がっていったからだ。


 やはりそうだ。料理を初めてすぐに分かった事。


 パドーレの身は、すごく脂がのっている。


「すうー」


 刺身を口元まで運んで、紗友里が鼻息を吸い込んだ。さすがの総長も緊張しているのか、それともワサビの風味を鼻に乗せる為か。


 一呼吸おいて、紗友里はパドーレをぱくりと食べた。


「!!!!!」


 その瞬間、紗友里がいきなりバタバタと暴れ始めた。

 手も足もバタつかせて、顔は大きくのけ反っている。

 

 それは十数秒間続き、そして間もなく収まった。

 

 正気に戻った紗友里の額には、汗が滲み出ていた。


「…なんだ、これ…」


 紗友里は一言だけ漏らすと、直ぐに次の一切れを食べた。


 そして再び暴れ始めた。


 そのローテーションを計五回(つまり刺身五切れ分)繰り返してから、紗友里は箸を置いた。


「美味すぎるだろ…」

 これが紗友里の最初の感想だった。


「脂がくそ甘え。のったりとした舌ざわりがたまんねぇ」

 これは、もう一度箸を掴もうとする自分の右手を、左手で抑えながら口にした。


「で、どうなんだ?」

「ちょっと待て…」


 紗友里は大きく息を吐き出した。

 そして目を瞑ったまま、少し考え込んで、十秒後、かっと目を見開いた。


「そうか、それだな…」


 どれだよ?


「イオリ、私は正直こんな美味い刺身は食ったことがない。脂の乗り、食感、新鮮さ、完全にレベチだ。だけどな、この魚の味は間違いなく、あれだ」


 だからどれなんだよ!


 紗友里の目に、紅い炎が沸き起こっていた。


「ホワイトサーモン、だ」


「ああ!なるほどね…」

 俺の代わりにアルページュが言葉にしてくれた。 


 そうか、そういう事か。

 

 脂の乗り方、切った時の包丁の感触、その答えが今ハッキリした。


「それにしてもホワイトサーモンとはな…」


 俺は残った刺身をじっと見つめた。

 表面が、浮き出た脂でテラテラと光っている。

 

 この魚を、どう料理していくべきか…


「おい、おい!イオリ!」

 

 別の所にいた意識を、紗友里の声が引き戻した。


「どうした姉ちゃん?まだ刺身作ろうか?」

「いや、それより、残った身でなんか作ってやった方がいいんじゃないか?」

と、後ろを見ろと目配せしてきた。


 振り向くと、ノーマは真っ白に握りしめた両の拳で太ももあたりの服を掴み、さらに真っ白にした下唇を噛みしめて、そして床に水たまりが出来る程の涙を流していた。


「が、がいじょうびゅです。イボリ様。わだし、ぎゃばん、できばす……」

「うわあ!ノーマごめん!」

 

 俺は残った身でバターソテーを作り、無事キャビンの中に嵐を呼び起こす事に成功した。


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