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低能な料理番  作者: ミツル
第三章 帝国のアイドル

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26

 夜明け前に目が覚めてしまった。

 いや、正確に言うと朽木のいびきが煩さすぎてよく眠れなかったのだが…

 後部甲板にはひんやりとした風がさざ波の音と共に流れてきて、眠気覚ましには丁度良い。


「はは…」


 昨晩のひと悶着を思い出し、思わず苦笑いをしてしまった。

 

 部屋割りを決めようとした時の事だ。

 船の部屋は三つ。すべてツインのベッドルームになっている。


「んー」

 アルページュが得意の指あてポーズで悪だくみの顔を浮かべた。


 嫌な予感しかしない…


「じゃあイオリ、私と一緒に寝る?」


 ほら来た…


「バカ言わないで下さい!」

「バカを言うでない!」


 今回はノーマと、ジェーンが同時反応した。


「えー?いいじゃない」

「いいわけがないでしょう!」

「年頃の娘が滅多なことを言うもんじゃないわい!」


 ノーマはともかく、ジェーンまでもがそんな剣幕になるとは思わなかった。


「あんたになんかあったら、あたしゃあんたの両親に合わせる顔がないじゃないか」


 その言葉で、アルページュがあからさまにシュンとなった。


「ごめんなさいね。ジェーン」


 結局部屋割りは、アルページュと紗友里、ノーマとジェーン、俺と朽木が同室という事になった。


「俺は航海士ですから、船の安全を守る為に、キャビンに詰めます!」

 そう意気込んでいたマイドは、ソファーで涎を垂らしながら熟睡していた。


 それが正解だったか…


「何を一人でニヤニヤしておる。気持ち悪い」


 いつの間にか隣にジェーンが立っていた。

 全然気が付かなかった。熟練の竜は気配さえもコントロールできるのか?


「早いな」

「年寄りじゃからな。お主こそ意外と早起きじゃないか」

「料理人だからな。朝が早いのはお決まりだ」


 人災的な騒音の件は置いといて、朝食の用意でもしようと思っていたのは本当だ。


「長いのか?料理人は?」

「ん、ああ、そうだな。ばあちゃんに仕込まれてな。小さい頃からずっと料理ばかりしてきたから。まあ、なるべくしてなった、てな感じだ」

「ほう…良い祖母を持ったの」


 ジェーンが微笑んだ。


「アルと同じというわけじゃ…」

 それは独り言だった。

 

 だが俺にはそれを聞き流す事が出来なかった。


「アルページュはあんたが異世界から連れてきたんだろう?いったいいつの事なんだ?」


 ジェーンが驚いた顔を見せた。


「お主、知らんのか?てっきりガガンあたりから聞かされておると思ったが…」


 少し黙り込んでいたジェーンは、


「まぁ、そのうち知れるから同じことか」

と零すと、俺の顔を真剣な表情で見上げた。


「アルはの、確かにあんたと同じ異世界人じゃが、異世界の人間ではないんじゃ」


 最初は何を言っているのか分からなかった。

 だがすぐに、ジェーンが言っている事の真意を理解した。


「アルページュはこの世界で生まれて育った?」


 ジェーンはゆっくりと頷いた。


「三十年前、異世界交流が始まると同時に、あたしゃお付きの転移竜としてガガンに仕えた。ガガンは交流に積極的での、すぐに一人の料理人を館の料理長として迎え入れたんじゃ…」


 その料理人は、とても真面目な人物だったらしく、異世界間を行き来しながら仕事を引き受けるくらいなら、こちらに移り住んで仕事に専念したいと申し出た。そしてガガンはそれを受け入れた。


「あやつ、フランコには妻がおっての、結局夫婦揃ってこちらにやってきたというわけじゃ。そして五年後、アルが生まれた」


 アルページュがやけにこちらの世界に馴染んでいると感じた理由が分かった。

 馴染んだわけではなくて、元々そうだった、というだけだ。


 だとしたら、逆に…


「じゃあなんでアルページュは俺の世界の事をあんなに知ってるんだ?」


 確かに両親から聞いていたとかそういうのはあるかもしれないが、それにしても…

 俺はアルページュから同じ世界の住人の匂いを確かに感じていた。


「それは簡単な話よお」


 振り返ると、アルページュがコートを羽織って立っていた。


「早いな」

「料理人ですもの」

「これアル!はしたない!」


 ジェーンが慌ててアルページュのコートの前ボタンを閉じ始めた。

 コートの下が、シルクサテンのネグリジェだったからだ。


 一瞬だったがもちろん俺はそれをしっかりと確認させて頂いた。


「私、パリの料理学校に入っていたの」

「料理学校…パリ…というと」


 俺の頭には、世界的に有名な料理教育機関が浮かんでいた。


「学生として二年、その後研究生として、向こうで生活していたの」

「じゃからあたしはアルを連れてきたんじゃなくて、あちらに送っていったんじゃよ」

「三年前にお父様が亡くなったんで、帰ってきてお仕事を受け継いだの。そういうわけ」


 簡単そうに話しているが、そう単純な話ではない、事は分かった。

 戸籍や就学履歴が無いアルページュが料理学校に入学できて、しかも一般的な生活までしていた。となると、この世界の事はあちらの、おそらく上層部と呼ばれる地位の人物たちの中では俺の思っている以上に認知されている、という事か。


「だからね…」


 昨晩と同じ悪だくみの顔で、アルページュが俺ににじり寄ってきた。

 前のめりになったコートの胸元から、ネグリジェと深い谷間が垣間見えた。


「私もお父様のように、こっちで家庭を持とうかなぁ、とか思っててぇ」


「ゴギュゴ!」

 キャビンから断末魔のような唸りが鳴り響いた。


 薄暗いキャビンの中に、赤い光が二つ、光っていた。

 それはソファーのマイドを踏み潰して立つ竜の、怒りの双眸だった。

 マイドから生気が感じられない。八つ当たりの被害者としてはあまりに悲惨だ…


「アルページュウウウ」


 ノーマさんそれは言葉じゃなくて唸り声です。


「あら、邪魔が入っちゃったみたい」


 アルページュはふいと俺から離れると、

「着替えてくるわ。朝食を作りましょう」

そう言いながら今だ牙が覗くノーマの肩をポンと叩いて、階下へと消えた。


「全く油断も隙も無い…」

「ふん、では朝食が済んだら出発じゃな」

 ジェーンが俺の腰をポンと叩いた。


 そして、

「滅多な事は考えるなよ」

と、深紅の双眸で付け加えた。


 ノーマ、君はまだまだ可愛いもんだ。


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