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そうはいっても船のキッチンはキャビン内にオープンに設置されているので、二人きりの共同作業、的になりえるはずもなく、手分けをして用意する感じになった。
要するに、助かった。
「これを混ぜればいいんですか?」
ボウルに入った卵の白身と泡立て器を渡されて、ノーマが緊張気味になっている。
「混ぜるんじゃなくて、泡立てるのよ」
「え、はい…」
「いいかノーマ、そんなに力は、いや、まったく入れなくていい。こんな感じでカシャカシャと…」
実際にやって見せると要領を得たのか、ノーマは軽い感じで泡立て器を回し始めた。
「過保護ね」
アルページュは眉を顰めたが、ボウルと泡立て器の命を救う為だ、とは言えない。
俺も仕事を始めた。
アルページュが用意していた食材はやはりほとんどが魚介だった。
どれもこれも『時間貯蔵庫』のおかげで新鮮そのものだ。
「本当に便利だよなこの貯蔵庫。うちにも欲しいな」
「あら、でもこれ、向こうじゃまったくの役立たずよ」
「え?そうなのか?なんでだ?」
「さぁ、詳しい仕組みは分からないわ。けどそうなのよ」
そうか、確かに魔法とかが関係してるのならそうなのかもしれないが、実に残念だ。
皮の色がクリームホワイトとエンジの迷彩柄だが、身はスズキっぽい魚のフィレを一口大に切り分ける。薄い緑色のドット柄ではあるが、形だけならまんまケンサキイカの身を輪切りにする。それらに塩と黒胡椒で下味をつける。
あとは白ワインを…
「アルページュ、白ワインはどこだ?」
「しっ!」
アルページュが珍しく険しい顔を浮かべて指を口にあてた。
え?なに?なにかマズイ事言ったか?
面食らう俺に『それ以上話すな』的に首を小さく横に振ったアルページュは、周りの、特にノーマとマイドとジェーンの様子を伺いながら、シンク下の棚を開けて、小さな陶器の瓶を取り出した。
茶色の瓶は、中身が見えない。
「白よ。素早く使って」
耳元でそう囁く…
俺が受け取った白ワインをスズキとイカに振りかけると、アルページュは直ぐに俺から小瓶を掴み取って棚に『隠した』。
「…まだお気づきじゃないのね」
そう独り言を零すと、アルページュは自分の作業に戻った。
なんだろう?もしかしたら白ワインはこの世界ではとても高価な、手に入りにくい素材だとか?
その疑問は、結局聞くことが出来なかった。
「おうイオリ!これ使ってくれ!」
と、紗友里が釣り竿にクーラーという釣り人のテンプレートみたいな様相で船に戻ってきたからだ。
どうしても我慢できなくなった紗友里は、一人で釣りを試みに行っていた。
「これを見てくれ!」
テンション高めに開けたクーラーの中には、黄色とピンクのトロピカルな配色の刺々しい姿の小型魚が十匹ほど入っていた。
「社長、ライトリグですか?」
「シャローのシモリをジグ単でな。カーブフォールでワンキャストワンヒット。つ抜けつ抜け!」
「イオリ様、あの、お姉さまが唱えているのはなんかの呪文ですか?」
ボウルをカシャカシャさせながらノーマが聞いてきた。
「まあそんなもんだ。一部の限られた人種にしか通じない言葉だ」
そう答えるしかなかった。
「盛り上がってるところ悪いけど、これ食える魚なのか?」
「何言ってんだ?カサゴっぽいだろ」
言われて見れば形はそんな感じだが…
「パララブね。とても美味しい魚よ。良いスープが出るわ」
「となれば俺の出番ですね」
朽木はタックルボックスから小型の出刃包丁とまな板を取り出した。
そしてパララブを見事な手さばきで捌き始めた。
「あら、朽木さんも料理人だったの?」
「いーや違うぞアル。あれはな、私ら釣り人だけが身につける事が出来る特別なスキルだ」
いーや違う。恐らく紗友里が釣った魚をすべて捌かされてきたからこそ身に付いたスキルだろう…
「ふふふ、まあ丁度良かったわ」
アルページュは朽木が三枚におろしたパララブの身を用意していたエビや白身魚と一緒にフライパンで焼き始めた。
オリーブオイルとニンニクの香りがキャビンいっぱいに立ち込める。誰のものか、お腹が鳴る音が聞こえた。
「朽木さん、頭とアラは良く洗って血や汚れを落としといてもらえますか。アルページュが使うと思うんで」
俺の言葉にアルページュがにっこりと微笑み、
「素敵ね」
と称賛してくれた。
「イ、イオリ様!私のこれどうですか?」
俺とアルページュの間に割り込むようにして、ノーマがボウルを突き出してきた。
「うん、完璧だ!」
「えへへ」
キメの細かいメレンゲが立っている。
ノーマさん、よくできました。ボウルと泡立て器も無事なようだし。
小麦粉を入れたボウルに卵黄を入れて混ぜる。良い所で牛乳、塩を入れて混ぜたら、ノーマのボウルからメレンゲをひとヘラ分掬ってサックリ混ぜていく。残りのメレンゲを入れて、再度均一に混ぜたら衣の出来上がりだ。
「イオリ、これどうぞ」
すでに鍋に揚げ油が用意してあった。アルページュはすでにパララブのアラやエビの殻を使ったフュメの煮込み段階に入っていて、すいと避けて俺のスペースを開けてくれた。
さすが段取りが良いな…
「くそ、段取りが良すぎる…」
ノーマ様、気持ちがお口に出てますよ。
用意した食材に衣をつけて揚げていく。
この火口、電磁調理器でもないのに温度が一定に保たれている。お城にあった石板型の調整機能が付いている所を見ると、こちらでカスタムしたものなのだろう。
程なくして大皿にたっぷりと盛り付けた本日のディナーが出来上がった。
「釣りたてのパララブを贅沢に使ったブイヤベースに、ベルカント朝獲れ魚介のフリットよ。お腹いっぱい食べてね」
「うお!こりゃすげえ!」
朽木が珍しく冷静さを失っている。
「こんなの見た事ないですよ!」
マイドが小躍りしている。
「長生きはするもんだねぇ」
ジェーンが目を細めている。
「おお、美味そうだな」
紗友里、涎を拭きなさい。
「ああああああああああああああああ」
ノーマさん、せめて言語で伝えて下さい。
「さあ、お召し上がりください」
全員が一斉に飛びつくように食べ始めた。
瞬間。
船が大きく揺れた。
「うわ!」
俺はバランスを崩しかけて転倒しそうになり、それをノーマが咄嗟に支えてくれた。同じ様に倒れそうになった紗友里の肘が、支えようとした朽木の頬に食い込んでいる。
マイドは誰にも支えられることなく椅子から転げ落ち、アルページュが冷静に皿を抑え込んでいた。
キャビンの窓から水飛沫が見えた。
そうか、デカい波が船を揺らしたのか。でもなんでそんな急に…
波は船を数回揺らしてから収まった。
「…なんだったんだ?いきなり」
「おばあちゃん…」
ジェーンが恥ずかしそうに俯いていた。
「す、すみません…」
何故かノーマが謝った。ノーマも頬を赤らめている。
「光栄ね、イオリ」
アルページュがにっこりと笑った。
巨大な転移竜は、感情の飛ばし方までスケールがでかかった。




