④
エルブジはゆっくりと話し始めた。
「薪会、という会があります」
「正確には、あった、なんですけどね」
ノーマが明るい口調で補足した。
「発端は先代皇帝、カーン・ロカ様が始めた会食からなのですが…」
「会食?」
「はい、カーン様は月に一度、異世界から招いた料理人が作った夕食を家族全員で囲み、団欒する、という会を長らく実行されていたのです」
「ちょっと待ってくれ。月に一度って、そんな簡単に異世界から人って呼べるものなのか?」
「はい、そのあたりについてイオリ様の世界の方は認識がとても低いのですが、こちら側の一部の方々にとってはそう珍しい事ではなく…」
「…へぇ…そうなんだ」
二つの世界間に交流が始まったのは、そう古い話ではないらしい。
「転移竜の一族がその能力を各国の指導者達に公にしたのが約三十年前の事です」
「転移竜?…あ、あれか?」
俺はパックリと開いた巨大な口腔を思い出した。つまり俺は、巨大な竜の口に入れられてこの世界に運ばれてきた、というわけか…
「それまで身内だけで必要な時だけ秘密裏に行っていた転移を、世界の発展の為に役立てよう、という動きがあったみたいなんです」
ノーマがまた補足してくれた。
竜の咥内に乗り込むことで第三者が世界間を行き来出来ることが分かると、各国で本格的に世界間交流が始まった。混乱を避ける為と転移竜そのものがそれほど数が多い種族ではないので、まだ一般には公開されていないが、国の上層部や学会、その他文化をつかさどる機関では頻繁に交流が進められているという。
「だってこっちよりずいぶん進んでいるものが多いじゃないですか!だから積極的に取り入れていこう!的な感じで、その道のプロ達を呼んでは、色々と教えてもらっているんです」
いや、普通にニコニコと話をしているが、そんな文化センター的な…
「料理だけではなく、農業、工業、もちろん我々の文化レベルで取り入れる事が出来る範囲のものだけですが、それでも世界の発展には大いに貢献して頂いております」
なるほど、根底から世界を作り変えてしまう程無分別な文化輸入というわけではないようだ。
ノーマがスマホをいじりながら、「あ、起きたんだぁ、大丈夫みたーい」的な迎え方をされていたら、俺は泣き出していたかもしれない。
俺の世界の先達は、聡明にも歩を弁えて節度のある交流を果してきた、というわけだ。
俺は明治維新後の文明開化をイメージした。
「話を元に戻します。先代皇帝はその会を大変大事にしておられました。その為の特別室を用意し、皇族の全員参加を義務としたのです。そして会は、特別室に設けられた暖炉からいつのまにか『薪会』と呼ばれるようになりました」
「全員参加って、何人いるんです?」
「当時は、皇帝、皇太子殿下、皇太子の弟ターブル様、その妃ロゼッタ様、妹君のイコイ様、合わせて五人が会のメンバーでした」
「皇太子というのが今の皇帝、ダカン・ロカ様です。当時はえーと…農業ギルドの統一長か何かをされていたんですよね?」
「その通りです。農業の盛んな我が国にあって、いわば国のナンバー2的な立場にあり…」
「へえ…なるほどね」
少し読めてきた。
「皇太子の弟は何を?」
「え?ターブル様ですか」
俺の質問にエルブジが少し意外そうな表情を浮かべた。
「今もそうですが、工業ギルドの統一長をされておられます。いわば我が国の職人を統べる立場です。伝統工芸にも精通されて…」
「そうか、ありがとう」
それだけ聞けば充分だった。
つまりこの国の皇族は、イコール政権でもあるわけだ。皇帝がナンバーワン、そしてその家族がそれぞれ重要なポストに就任している。
と、なれば…
「つまりその薪会とやらは、いわば幹部の評議会、的なもんだったと」
俺の意見に、エルブジが「まぁ、そうですね」と返した。
「それ故に日頃からコミュニケーションをとる必要がある。公の場と違って、家族だけならぶっちゃけた話も出来るだろう。その上で方向性を共にして、皇族を一枚岩として確固たるものとする、目的はそんなところか?」
俺の発言にエルブジが少し苦い顔を見せた。
「確かにまぁそういう目的も…」
「そうだろう。だいたい政治家の食事会なんて、どこも似たようなもんだ」
「うん?」
俺の言葉に、ノーマが片方の眉を少しだけつり上げた。
「ですが現在、その薪会は開催されていないのです」
現在開催されていない経緯はこうだ。五年前、先代の皇帝が体調を崩して当時の皇太子に皇位を譲った。時を同じくして、薪会に呼ばれていた異世界の料理人も体調を崩してしまい、料理番を続けることが困難になった。
「その料理番、今は?」
「ああ、それは…」
俺の質問にエルブジは一瞬言葉を濁らせたが、ノーマが言葉を継いだ。
「亡くなられたそうです。だからそれ以来、薪会は開催されることがなくなったんです」
「なるほどね…」
異世界の料理人というのが気になる所だが、亡くなってしまったのなら仕方がない。そもそも、俺の答えは大方決まっていた。
「しかし先代は今も病床でそのことを憂いておられまして…是非もう一度と」
「ああ、そう。…うーん、まぁなるほどなぁ…」
「イオリ様?あのぉ…」
俺の微妙な態度に、エルブジが少し慌て始めた。
「要はその薪会を再開したいから、俺に料理番をやって欲しい、そういう依頼なんだな?」
「その通りです!」
「うーん…そぉかぁ…」
「…イオリ様?」
俺の煮え切らない態度に気付いて、ノーマが俺の顔を直視した。
俺はその視線から目を逸らした。
俺の中で色々な思いが交差していた。
政治家の食事会、全員皇族、そして何よりも、今の俺は料理人として『低能』この上ない。
だとしたら、結論は決まっている。
「すまないが気が乗らない。他を探してくれないか」
俺は結論を告げた。
「え?うええええ?」
老執事は、お手本のような狼狽を見せてくれた。