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低能な料理番  作者: ミツル
第三章 帝国のアイドル

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15

 領主ガガンの住居は、普通に地面に建てられたお屋敷だった。大型船に住んでいるのは一部の漁師だけで、漁で財を成した一族のステータスのようなものだ、とフリオが自慢げに教えてくれた。


 ガガンは荒くれ揃いの漁師町を統べる人物とは思えない程気さくで柔らかい人物だった。


「おうおう、ノーマや、大きくなったのう。べっぴんさんになって」

と目を細めてノーマの頭を撫でるしぐさは、完全に田舎のおじいちゃんだ。


 さすがロゼッタの父親である。


「ガガンお…様、お久しぶりです」


 今、おじいちゃんて言いそうなったろ。


「イオリ様も遠い所からよくおいでなすった。魚しか獲れんような田舎ですのでたいしたおもてなしも出来んが、ゆっくりしていって下さい」

「田舎だけ余計だ、ガガン卿」

「フリオや?なんでお前がここにおるんじゃ?」

「あ、すみません。俺が頼んで一緒に来てもらったんです」

「いや、イオリが探してる魚がパドーレの事だとしたら、聞き捨てならねぇからな…」

「おう、そうじゃったな。まぁそういう事なら、皆で夕食でもとりながら話をしよう。キケや、厨房に人数が一人増えたと伝えておくれ」

「かしこまりました」


 キケと呼ばれた若い執事が、深々と頭を下げた。丁寧に返事をしているが、少し表情が曇っている。


 分かる分かる。この直前での人数変更を厨房に伝えるのは気が重いだろうな。厨房で料理人に文句を言われるのが嫌なのだろう。


 マイドは実家に置いてきた。たまには母親孝行でもしろとフリオが命じたのだ。

 だが俺にはフリオが余計な人数を増やしたくない、そう考えているようにも見えた。


 そんなにヤバい魚なのか?パドーレは?


「ガガン卿、そのお城に持ってった魚ってのは、本当にパドーレなのか?」

「そうじゃな。あの時の魚は間違いなくパドーレじゃった。覚えておるよ。フランとノーマが美味しそうに食べてくれて、それはもう可愛らしかったのう」


 ガガンは遠い目をして顎髭をさする。


 この一族はなにか?それぞれの役割スキルをカンストしてるのか?


「何呑気な事を言ってるんだ。そりゃあんた、大問題だぞ」

「まぁそう目くじらを立てるな。今からちゃんと説明するから。お、料理が出来たようだぞ」


 先程のキケが料理を運んできて、丁寧な動きで配膳をはじめた。


 皿の上は前菜だった。夕食はどうやらコース料理のようだ。これも文化交流の成果というやつか。優しいおじいちゃんだが、ガガンもまた上流階級の人間なのだ。


 一皿目は、細長い銀の魚の切り身、それにキノコ(だと思う)のマリネだった。緑の野菜や、キャロットラペ(だと思う)も添えられて、彩も良く、とても綺麗に、丁寧に盛りつけられている。


「美味しそう~」


 ノーマの目にハートが浮かんでいた。

 一口目を運ぶ。ハートが一気に拡大した。


 食感だけでもと俺も食べて、驚いた。

 味が感じられないのに食感だけで幸せになった、気がした。

 

 魚にはしっかりとした弾力がある。だが噛み始めるととても柔らかい。新鮮なのもあるだろうが、漬け込み具合が絶妙なのだ。

 舌先に触れるねっとり感は身に良く乗った脂だろう…

 無駄に旨味を逃すことなく、マリナードが全てと美味く調和しあっている、のだろう。


 正直、味が分からないのが恨めしい。

 

 ブルートといい、こちらのシェフたちはとても仕事が出来るようだ。

 向こうで店でもやればきっと流行るだろうに。


「おお、こりゃうめえ。ポポルルをこういうふうに料理するのはありだな」


 この魚、ポポルルというのか。切り身の形と食感はまんま秋刀魚だが、さすがに全体像まではわからない。


 二皿目は空豆っぽい色のポタージュ。これもすごく滑らかな食感で、間違いなく上手いスープだと分かった。

 

 まぁそんな推理じみた憶測より、ノーマの肩の震え方で料理の出来は充分にわかった。


 感情を飛ばさないよう、必死で我慢しているのだろう。


「それでイオリ様。パドーレについてなのですがな…」

 皿が落ち着いたところで、ガガンが話し始めた。


「イオリ、あれはご禁制の魚だ」

 フリオが継いだ。


「ご禁制?獲ってはダメってことか?」


「そうだ。あれは年に一度、産卵でこの辺りに接岸してくるんだが、その期間は海に網を入れる事さえ許されちゃいねえ。他の魚を獲ろうとしてたまたま網に入った、なんて言い訳も許してもらえねぇ程の魚だ。破った奴は船も漁具も没収されて、牢屋行きさ」

「なんでそんなに厳しいんだ?」


「美味すぎるからじゃよ」

 答えたガガンは真顔だった。おじいちゃんではなく、領主の表情だ。


「美味すぎて、値が付き過ぎて、それで争いの元になってしまったのじゃ」


 なるほど、そういうことか…


「これは俺のひいじいさんから聞いた話だがな」

 フリオも同じように網元としての顔になっていた。


「かなり大昔の話らしいがな。漁場を巡って、漁師だけじゃなく、その網元、はてはパトロン貴族までもが大喧嘩、いや戦争だ。それで、街の三分の一の人間が死んだらしい」


「それ以来、この街の海域では、パドーレの捕獲は固くご法度になっておるんじゃ」


「じゃあガガン様はあの時どうやってその魚を手に入れたんですか?」

 

 ノーマのこの質問にガガンは顔色を変えた。悪い方ではない、笑顔だ。

 だが、無理矢理に浮かべた笑顔だ。


「んーあれか、あれはたまたま偶然、浜に打ち上げられたのを散歩中に見つけたんじゃ。ほほほほほ」

「へ〜」


 あの翼竜が群れなして飛翔しまくっている浜でねぇ…


「…フリオ、それは、セーフなのか?」

「ん、まぁ、それなら一応なぁ…。うん…」

 フリオが苦笑った。

 

 その表情で確定した。


 それほどの魚なら密猟を企てるバカも中にはいるのだろう。まぁ、そんな時期だから海の警護は当然厚くなる。で、掴まる。で、掴まった密猟者が獲ったパドーレはどうなる。 

 恐らく逃げている途中で保身の為に海に捨てた。()()()()()()()()、たまたま万が一の確率でそれが浜に打ち上げられて、たまたま散歩中のおじいさんが拾って帰った、()()()()()()()()というわけだ。

 

 なるほど、マイドに聞かせたくない話なわけだ。フリオめ、なんだかんだ言って最初から読めてたな…


「な、無理な話だろ」


 それは魚の事か?それともシナリオの事か?


「でも、そうだな…無理だな…」


 そんな経緯で手に入れた魚を、皇帝の食卓に出せるはずもない。その瞬間に俺はエルブジに絞殺されるだろう。


「ちなみに、その接岸時期ってのはいつなんだ?」

「あー、あと半年ほど先だな」


 詰んだ…これは詰んだ…


 俺ががっくりとうな垂れた視線の先に、キロが魚料理を置いた。

 いい匂いだ…


「…イオリ様」


 ノーマの声が、固い。

 固いというか、やけに低い。


「ん?…」


 その異変で、気付いた。

 俺の目の前で柔らかい湯気を立てている魚料理。綺麗な白身に少しだけ玉虫色に揺らめく皮。隣に大きな貝柱。サヤエンドウぽい野菜が添えてある。


「これって…」


 そこには〝パリムスメメカとプルルのブレゼ・ツツムルのソテーと共に” が配膳されていた。


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