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「お城から料理人が食材探しにくるとは聞いてたが、まさかこんな男前と可愛らしいお嬢ちゃんたぁ思わなかったなぁ!うははははははは!」
フリオは三十分程遅れて家に帰ってきた。
帰ってくるなり居間にドカッと座り込んで、奥さん(つまりマイドのお母さんだ)が運んできた魚のくし焼きにかぶりつき始めた。イメージではバカデカい木製のジョッキで酒をガブガブやりながら、て感じだったが、残念ながら食卓には他に水しか並んでいなかった。
「すまいないねぇ、うちの亭主は本当に礼儀知らずで。まったくこの人ったら漁に出てる間は何にも口にしないから、帰ってくるなりいつもこの調子でねぇ」
マイドの母親キホルはフリオの風貌から想像していた通り、丸々と太っていてお尻を叩かれたなら確実に泣き出してしまいそうな、そんないわゆる『肝っ玉母ちゃん』だった。
「おうおう!男の仕事のやり方に口出すんじゃねぇよ」
「何言ってんだい!この頃じゃぁ若いもんに全部任して、自分はふんぞり返ってるだけの癖に。たまにゃ網のひとつでも引いてきな!」
「なんだとお!」
「おお?なんだい?文句があるのかい?ならこれから魚は自分で焼くんだね」
「…け!」
おいおい、なんの昭和活劇だこれは…
「父上も母上も、お客様の前なのですからその辺でお収めください」
お前もいい加減にしろ、このバカ息子。
「あの~、そろそろお話をしてもよろしいですか?」
しびれを切らしたのか、ノーマがそう切り出した。
いいぞノーマ。すまんが俺はこの家族が若干苦手だ。
「おう!ノーマちゃんだっけ?なんでも聞いてくれ。俺はこの町で知らない事は無いからな!」
「あの頭のネジが飛んでる女、いったい何者ですか?」
それじゃない。今真っ先に聞くべきなのはそれじゃないぞ、ノーマ…
「あの女…ああ、細包丁のアルページュの事かい?」
とはいえ、俺も気にならないと言ったら嘘になる。
同じ異世界人で料理人。しかもどうやらこの世界にけっこう馴染んでいるように見えた。
「いや、分からん」
「は?どゆこと?」
俺が代わりに声を上げた。
「いやそれがなぁ、誰も彼女の詳しい素性を知らんのだ。まぁ料理人で、ほぼ毎日市場に現れて仕入れをしていくから、この街に住んでいることは確かなんだが…」
「でも異名までついているって事は、けっこうここが長いんじゃないですか…」
「そうだなぁ…確か市場に来るようになってかれこれ三年位にはなるな」
「だったらもうちょっと…」
「いや、そうは言ってもあんたも見ただろう?あの通り頭にお花畑が咲いてるような嬢ちゃんだからよお…」
たしかにあれは、会話が容易に成り立つような人物には見えなかった。
「いや、それでも…」
ムキになって食い下がろうとした俺は、押し寄せてくる左側からの強いプレッシャーを感じて、我に返った。
左側は、竜のおわす場所だ。
しまった。ムキになり過ぎた。
「やっぱり気になりますか?なりますよね。まぁ、随分とお綺麗な方でしたからね」
ノーマが全く笑っているように見えない笑顔を浮かべていた。
…怖い。素直にそう感じた。
言い出しっぺはノーマなのに…理不尽な…
「あ、いや、分からないんならしょうがないな。うん。それよりも聞かなくちゃいけない事があったんだった。な、ノーマ」
「ええ、そうですね」
時に笑顔が怒りの顔よりも恐ろしい事を骨の髄まで浸み込まされた。
「おお、なんか珍しい魚の事だとか…」
俺は取り繕う様に、ロゼッタから聞かされた話をフリオに説明した。
「へぇ、銀色で、大きな…ガガン卿がわざわざ帝都まで自ら届けるような魚…」
フリオが頭を捻った…
「あんた、それもしかして、パドーレじゃない?」
キホルが皿を下げながら言った。
その言葉で、フリオは眉間に皺を寄せた。
「パドーレか…そうか、そうかもしれないな…」
「え、それはどんな魚なんですか?」
色めき立つ俺とは対照的に、フリオとキホルは顔を曇らせた。
後ろでマイドまでが、「まじかぁ」と呟いている。
「イオリよ、もしその魚が本当にパドーレだとしたら…」
いやぁ、その顔、聞きたくないなぁ。
「手に入れるのは、不可能だな!うん」
「そうね、諦めなさい!」
仲いいじゃねぇか、この夫婦…




