13
「そんなのが分かるのか?ノーマ」
「見くびらないで下さい。わたしは転移竜です」
なるほど、その答えで充分だ。
冷静に考えてみれば、それほど不思議な事ではない。
異世界交流が始まって約三十年、様々な文化交流が異世界との間で行われてきた。それは現在進行形で、だから俺も今この世界にいるのだ。
ならば、今この世界にいる異世界人が俺だけという方が間違った見解だ。
だが、それにしても料理人とは…
魚を受け取ったアルぺージュは、首をゆっくりと左右に傾げながらその隅々までを確認すると、
「最高のパリムスメメカだわ。素敵」
と薄く笑った。
「いい料理ができそうかい?」
「そーねぇ。どうかしら、ふふ」
アルページュはフリオの顔も見ずに応えると、パリムスメメカを肘から提げた籐籠にしまい込んで、ご機嫌なままこちらに向かって歩き出した。
さっきは一瞬目があったが、今度は違った。
こちらを向いたアルページュの視線は、どこも捉えてはいなかった。
「うわぁどうしようかしら?ポアレかな?あ、でもそういえばおっきなプルルを外のお店で売ってたわねぇ。あれと合わせてブレゼにでもしてみようかしら。あ、とても美味しそうだわ。そうしましょう。じゃあ野菜も少し買っていかないと…良いクルメルがあるといいのだけど…」
完全に独り言を唱えながら焦点の合っていない上目遣いと、おぼつかない足取りで歩く。
こともあろうにフィレナイフを持った手首をクルクルと回しながら…
「うわ!」
「あぶね!」
周りの人達が次々と左右に避けていくが、当のアルぺージュはまったく気にする様子もなく、鼻歌混じりでふらふらと進んでくる。
視界の端に入ったフリオの顔が、「やれやれ」という呆れた表情になっていた。
まさかこれが彼女の通常運転なのか?
アルぺージュが歩を進めて、同様に左右に避けた俺とノーマの間をすり抜けていこうとした。
だが彼女は一瞬その歩を止めて、すいと俺の耳元に息がかかるくらい唇を寄せると、熱い吐息と共に独り言のように言葉を吐き出した。
「でもぉ、あなたのお国ならお刺身にするのかしらね?」
「え?」
驚いて振り向いたが、すぐに歩みを再開させたアルぺージュは何の反応も示さず、モーゼの如く左右に分かれた人込みの間をゆっくりと去っていった。
「なんか、変わった人ですね」
これはマイドの感想だ。
「な!なんなんですか?あの女?」
これは俺とアルぺージュの様子を目の当たりにしたノーマの感想だ。
ノーマが慌てて俺の耳にふうふうと息を吹きかけてきた。
落ち着けノーマ。君は何を吹き飛ばそうとしているんだ。
「おう、マイド!着いてたのか!早いな!」
競りが終わったらしく、フリオが声をかけてきた。
「父上。お久しぶりでございます!」
色々と想定外な挨拶に愕然とする。
「相変わらず訳のわからん口調でしゃべりやがって。おう、あんたらが客人かい?よく来たな!」
こちらは超想定内の挨拶だった。
「どうも。イオリと申します」
「ノーマです。始めまして」
俺達の挨拶にフリオは返事の代わりにニカリと白い歯を見せて返した。
「おいマイド、先に客人を船に案内しろ。片付けたらわしも行く」
ん?…船?家じゃなくて…
「はい!かしこまりました!父上」
その様子にノーマが首を捻りまくったが、マイドは姿勢を崩す事なく、「こちらです」と俺達を中央市場に隣接する港へと案内した。
少し歩いて、
「ふう~」
と安堵の声を漏らしたところを見ると、マイドはどうやらかなり緊張していたらしい。
「親父、怒るとめちゃくちゃ怖いんです」
それは分かるが、だからといってあの対応は間違っていると思うぞ。
「ああ、これです」
「うえ?」
「デカ!」
俺とノーマが同時に驚いて、目を見張った。
それほどまでにその船はデカかった。
豪華客船も真っ青、見上げる程の巨大船だ。そして驚いたことに、その素材は間違いなく木材だった。
甲板に上がると、俺達の疑問が一つ解消された。
バカ広い甲板には帆やマストは見当たらない。他になにかしらの動力があるのだろう。そして船尾側三分の一ほどに船橋が建っているのだが、それは船橋というよりは、住居に近い構造物だった。
四角い屋敷の上に、操舵室や見張り台を無理矢理くっつけている、俺にはそう見えた。
屋敷部分の屋根からは煙突が突き出していて、そこから煙が出ている。
二階の出窓に、鉢植えの花が飾ってあるのが見えた。
なるほど、船に案内しろというわけだ…
「どうぞ遠慮なく上がって下さい!」
つまりこれがマイドの実家か。




