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低能な料理番  作者: ミツル
第三章 帝国のアイドル
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 エルブジは『謁見』などとかしこまった表現をしていたが、実際ロゼッタを訪ねてみると、ご近所の家に遊びにいった感、しかなかった。


 ロゼッタ、つまりターブルの邸宅はロカ城の敷地内に別棟で建っている。

 さすがにカーンの住まいとは違って立派な建物だった。

 そしてロゼッタは、その建物の中庭で俺達を待っていた。

 

 洗濯物を干しながら…

 

 周りでは数人の家政婦が同じ作業をしていたが、どう見てもロゼッタが陣頭指揮をとっている。


「あー、いらっしゃーい!」


 俺達を見つけるなり、ロゼッタはダッシュで駆け寄ってきて、そしていきなりノーマを抱きしめた。


「本当にもうこの子は用事がないと会いに来てくれないんだから。昨日もせっかく来てくれたのに素っ気なくてごめんねぇ」


 どうやら昨晩はフランの手前遠慮していたらしい。

 ロゼッタはノーマの頭をその豊かな胸に埋めて、頭をなでなでしている。


「最近はフランもこういうの嫌がって。まさか反抗期なのかしら」


 お母さんスキルが過ぎる…


 ノーマは無抵抗で微動だにせずそれを受けとめていたが、少しして「く、苦しい」と小さな抵抗をみせた。


「あら、ごめんね…つい嬉しくて」


 ノーマを引き離した(それでもなでなでは継続したまま)ロゼッタは俺ににっこりと微笑みかけた。


「イオリ様、よく来て下さいました。どうぞおあがりください」


 驚いたのは客間に通した俺達に、ロゼッタ自らがお茶を用意し始めた事だ。

 もちろんここでも家政婦がいるが、補助をするだけで『奥様おやめください、私達が』的な雰囲気は一切ない。


 なるほど、ここではこれが日常なんだな。


「ノーマはね、私にとっては娘みたいなものなんですよ」


 ロゼッタの話はそこから始まった。


「こーんな小さな頃から城で働いてて、フランともとっても仲良しで、それはもう本物の姉妹みたいに…」

 

 なるほど、それで昨晩のロゼッタに対するノーマの態度が理解できた。

 

 お母さんみたい、ではなくてほぼお母さん、だったわけだ。

 

 ノーマも少し頬を赤らめているが、否定はしない。まぁ、昨日の様子で分かっていた。


 ノーマとフランチェスカは、実はめちゃくちゃ仲が良い。


「何ニヤニヤしてるんですか?」

 顔に出ていたようだ。


「フランチェスカ様はお帰りになっていないんですか?」

「あの子はお仕事で全国を回ってますから、今はここを出ているんです。近くで演奏会がある時はああして私がお世話しに行くんですけどね。なかなか会えなくて、母親としては心配だし、寂しいものですわ。もう一人の娘もお仕事が忙しいとか言ってなかなかお相手してくれないし…」


 ロゼッタはまたノーマの頭を撫で始めた。


「もう、子供じゃないんだから…」


 さすがに照れたのか、ノーマがその手を払いのけると、ロゼッタは下唇を突き出して不服そうな顔を浮かべた。


 いや、実に微笑ましい。


「それでロゼッタ様、今日は聞きたいことがあってお伺いしたんです」

「ええ、なんなりとお聞きください」

「実はフランチェスカ様のお好きな料理とかがあればと思って」

「好きな料理…ですか」


 その質問に、ロゼッタは困惑の色を見せた。


「それが、あの子はあまりそういうのに頓着が無くて…ノーマからならよくそういうのは聞いてたんだけど。ほんとうにこの子は良く食べる子で…」


「うっうん!」

 ノーマが咳払いをしてロゼッタを牽制した。


 なんか家庭訪問にきた担任教師の気分だな…


「なんでもいいんです。小さい頃に好んで食べてたものとか。食材でもいいんですが…」

「うーん…」


 そんなに難しい質問なのか?


 ロゼッタは腕を組んで宙を見つめながら、かなり長い事考え込んでいた。


 そして数分後…


「あ!そういえば」

 と顔を明るくした。


「ねぇノーマ、あれいつだったかしら。私のお父様が珍しい魚が手に入ったって持ってきてくれた時があったじゃない!」


 そう言われて、ノーマも腕組み&宙見つめをした。そしてこちらは数十秒後に、

「あ!そういえば!」

 思い出したようだ。


「あの時、フランが確か、これわりと美味しいかも、とか言ってたような、そんな気が…」


 淡い、情報が淡い。


 まぁそれでも、無いよりはましか…


「なんの魚だったんですか?」


 俺の質問に、母娘が顔を見合わせた。


「えーと、たしかこう、おっきくて…」

「そう、なんだったかな…銀色で…」


 つまり殆ど覚えてないと…


「私達、ちっちゃかったからなぁ…」

「ノーマも一緒に食べたのか?」

「そうですね。その頃は私もここでよく夕飯を一緒に食べていたので」

「なるほど、そうか…」


 姉妹のように育った(大好きな)幼馴染との食事、かぁ…


「その魚、なんとか手に入んないですかね?」

「そうねぇ、それならベルカントへ行ってみたらどうかしら?」

「ベルカント?」


「海沿いにある大きな街です。昔から漁業が盛んな場所で…」

 ノーマが説明してくれた。


「私の生まれ故郷なんですよ」

 ロゼッタが追加情報をくれた。


「じゃあその魚を持ってきてくれた方というのが?」

「私の父、ベルカント領主のガガンです」

「なるほど、それなら話が早いですね」

「行ってみますか?イオリ様」

「ああ、行こう!」

 

 淡いが、希望が見えてきた。


「出来れば私がご案内をしてさしあげればよいのですが…」

「いえいえ、領主の娘、しかも皇室のお妃様が動くとなれば簡単でないのは分かります。今回は俺達だけでなんとか…」


「そうだわ、あの子に案内を頼みましょう!」


 ロゼッタの思い付きに、ノーマが何故か顔を濁した。


「そういえば、あそこ出身でしたね…」

「しかも大きな網元の息子さんだから、魚の情報集にも役立つでしょう」


 息子さん?


「誰の事?」


 俺の質問に、ノーマは更に顔を歪めた。


「あー…マイドです…」


 おいおい、大活躍だな、親衛隊長。


「では、さっそく父にタムルを飛ばしておきましょう」


 そう言ったロゼッタの笑顔が、少し色味を変えた。


「そうだわ、そういえば…」


 どことなく悪戯っぽい笑みに。


「イオリ様、あちらできっと面白い人に会えると思いますわ」


 ロゼッタはさらに悪戯っぽく笑った。



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