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フランチェスカのライブ会場は、俺が想像していた以上のものだった。
石作りの巨大半円形劇場はどこかの球場と比べてもなんら遜色のない大きさだ。そして舞台を囲む階段式の観客席は上まで完全に満席だった。
ノーマによると、席は全部で三万以上あるらしい。
なるほど、確かにトップアイドルだ。
だか流石に異世界、俺の知識にあるライブ会場とは大分違うところもある。
まず、音響や照明的なものが見当たらない。
あちこちに轢かれたコード類やスピーカーや、スポットライトや、そういうものが全くないのだ。
青空会場での日中開催なので照明はいいとしても、このでかい会場で音響がなくても大丈夫なのだろうか?
デザインというか、意匠はやはりこちらの物なのだなと納得した。古代ローマのコロシアムとか、こういう感じだったのだろうか?
少し気になったのが、ステージの端や、観客席の周り、会場を囲む壁の各所に変わった形の彫像が設置されている事だ。お世話にも趣味がいいとは言えないその姿は、どう見ても羽の生えた金魚にしか見えなかった。
「フランチェスカ様~早く会いたいよー」
「あーもう俺、今日が楽しみでここ数日よく寝られなかったよ」
まだ開演まで時間があるのに観客のボルテージは異常に高い。しかも思っていたよりも観客の男女比は均等で、年齢も様々だ。家族連れも結構いる。
いわゆる国民的人気ってやつだ。
「イオリ様、こっちです」
ノーマが席を見つけてくれた。
かなり前列の席だった。
昨日の今日でこの席を確保してくれたエルブジには感謝しなければ…
『明日のフランチェスカ様の演奏会にですか?まぁ何とかなるとは思いますが…』
俺の申し出を聞いた時、エルブジは少し顔を曇らせた。
『あの、それはノーマと二人で?』
そう言いながらノーマの顔を見た。
ノーマが、小さく頷いた。
そのやり取りで、ノーマとフランチェスカの間に何かがあった事は察した。
そもそも、フランチェスカの話が出てからノーマは少しおかしい。
かといって、なんかあったのか?とはなかなか聞きにくいしなぁ…
「すごい熱気ですね…」
「まぁ、アイドルのライブなんてこんなもんだろ」
「イオリ様はあちらの世界でこういうの行った事あるんですか?」
「…いや、ごめん、無い」
正確には半分嘘だ。高校生の時、一度だけ大きな野外フェスのスタッフ用ケータリング会場でバイトをしたことがあった。その時は正直、周りの熱気やテンションの高さに物怖じしてしまって、もう二度としたくない、そう感じた。
で、今この年になって正直、やはりこういうのは苦手だ。
「正直、私こういうの苦手なんです」
ノーマがそっと耳打ちをしてきた。
気が合うなぁ、俺達。
会場に派手な音楽が大音量で流れ始めた。
盛り上げる為の演出だろう。
会場を見回したが、やはりどこにもスピーカーらしきものは見当たらない。
だが代わりに、例の羽の生えた金魚が全て、ガッパリと口を開けていた。
もしかして、あれって生き物とか…
俺の疑問をよそに、音楽に煽られて観客のボルテージは一気に上がり、周りがどんどん立ち始めたので、俺とノーマも仕方なく立ち上がった。
最前列に、ひときわテンションの高い一団がいた。
全員おそろいの恰好をしている。
背中の文字は、読めないが、フランチェスカ云々と書いてあるであろう事は容易に想像できた。
言うまでもなく、親衛隊的なあれだ。
「よしお前ら!気合い入れろよ!」
隊長らしき人物の叫び声が聞こえてきた。
「ヨッシャイクゾー!」
「メルバー!チュルガー!ルドラー!チュルガー!レドハー!ヌドリー!オー!リューリュー」
親衛隊達はわけのわからないコールを大声で叫びながら、両手に握った短剣を振り回しながら踊り始めた。
「あ、大丈夫です。あの剣は専用の刃の無いやつで、光るように作られているんです」
言われて気が付いたが、周りにも同じ短剣を持っている観客がけっこういた。
ノーマの冷静な説明から察するに、こちらでは割とメジャーな事象のようだ。
「あの踊りももとは古代に狩りに出る時の無事を祈って舞われたのが由来らしくて…」
なるほどだから短剣なのか。
それにしてもそんな激しい古代の踊りがある?
親衛隊の皆さん、体が直角以上に曲がってますが…
さらにテンションが上がったのか、隊長らしき人物が前に躍り出た。
「いや、なかなかすげぇな…ん?」
「いや、ほんとですね…あ゙?」
ノーマも気付いた、ようだ。
隊長は誰よりも激しくキレた動きで踊っている。
「メルバー!チュルガー!ルドラー!チュルガー!レドハー!ヌドリー!ハイ!リューリュー」
コールと同時にかなりの高さまでジャンプするリーダー。
親衛隊員も観客もその姿にやんやの歓声を上げた。
だが俺はその姿に、別の思いをぶつけていた。
マイド。お前はそこで何をしている。
「ゔ〜」
軽い唸り声が聞こえたので、恐る恐る横を見ると、ノーマの目がお手本のようなジト目になっていた。
近衛兵兼親衛隊隊長。マイドよ、お前はやっぱり面白いな。
一しきり踊り終えたマイドが、隊員を鼓舞しようと振り向いた。
振り向いて、よりによって俺達と目があった。
そしてマイドは、よりによって笑顔で手を大きく振り出した。
「ああ!ノーマさ~ん!イオリさーん!来てたんですかー!」
観客達が一斉にこちらを振り向いた。
ノーマは慌てて俯き、俺は明後日の方向に視線を向けた。
つまり、シカトした。
悪いがマイド、我々はそこまでの強心臓ではないんだ。
マイドは不思議そうな顔で手を振りつづけたが、その行動はピタリと鳴りやんだ音楽に静止させられた。
静寂に包まれた劇場が、次の瞬間、闇に包まれた。
突然の変化に、観客も一瞬で静まり返った。
見上げると、劇場全体がドーム状の黒い膜のようなもので覆われている。
その天井のど真ん中に光が生まれた。光はすぐにはサーチライトのように伸びて、舞台の中央を照らした。
さっきまで無人だったそこには、今日の主人公が立っていた。




