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早速土鍋をテーブルに移した。
ノーマさん、匂いにつられて一緒に移動するのはいいんですが、目は開けといて下さい。
ご飯をよそって、取り皿、お玉、箸とノーマ用にスプーンを用意して…
「鶏胸肉の柳川風、どうぞ召し上がれ!」
「いただきますううううううううううう」
『う』が長い。
「熱いから気をつけて…」
言いかけた時にはもうノーマは一口目を口に運んでいた。
で、思い出した。
「あ、やばい!」
俺は身構えた。料理が成功なら、ここでノーマの感情が飛ばされてくる。
「おいしいいいいいいいいいいいいいい」
『い』が長い。
その声に乗って、さあノーマの感情が…
「え?あれ?」
拍子が抜けた。
ノーマの感情は、確かに押し寄せてきた。
だがそれは、いままで経験した吹き飛ばされるような強い感情ではなかった。
ふわりと、俺を包み込むような、優しく、穏やかな、そんな感情だ。
そしてその感情が俺の身体に染みわたった時、俺はまた涙をこぼしていた。
前回の感動とは少し違う、温かい、どこか懐かしいような、そんな涙だった。
「あ、またやっちゃいましたね」
そう言うノーマの顔も、穏やかな笑顔になっている。
「いや、ありがとう」
何故かお礼が口から出た。
俺も座って料理を口に運んだ。
ふわりとした卵の食感に、柔らかい肉、歯ごたえのあるポルズ。優しい味、しっかりとした肉の味、大地の味、そしてそれを纏めて繋ぐ出汁の風味。
という想像をした。
相変わらず味は全く感じられないが、不思議と以前のような嫌な感じはしなかった。
それがノーマの感情のおかげなのかどうかは分からないが、これは美味い物なのだと、そう感じることが出来た。
「俺は小さい頃このゴボウ…ポルズって奴が苦手でな」
「ええ?こんな美味しいのに?」
「ああ。それでばぁさんが何とか俺に食わせようと作ってくれたのがこの料理なんだ」
「へぇ。で、どうなったんですか?」
「大好物になった」
「えへへ」
ノーマの綻びが、一層強くなった。
「そうなんだよな。料理を食べて感じることって、ただ美味しいだけじゃないんだよな」
「ほうでふね」
懐かしさや、嬉しさ、楽しい記憶を思い出す人もいるかもしれない。
口にする人の数だけ、その料理に対する思いはある。
その思い全てに応えようと尽力するのが、料理人の仕事だ。
「もしかしたら皇帝が言いたかったのは、それかもしれないな」
「ぼれでふか?」
またお口いっぱいですよ、ノーマさん。
教えたわけではないのに、ノーマは柳川をご飯に乗せて一緒に頬張っている。恐るべし、食いしん坊の勘。
「俺は皇帝をただ喜ばせる為だけにあの料理を作った。だけど皇帝の立場や、考え方、もっと言えばそれを支えているブルート達や側近や、そんな人達の思いは置いたまま、俺の考えを料理にして皇帝に押し付けただけかもしれない…」
「れも、ほいしいっていってふれてましたよ。感動ひてくれてまひたよ」
ノーマさん、喋る時はまず口の中を空にしてからにしようか。
「だけどな、薪会はそれぞれの立場で、それぞれの生き方をしている人達が集まって俺の料理を食べるんだ。その人達全員に美味しいと思ってもらうには、美味しいだろ、どうだ!じゃだめだと思う。もっと…」
『まだ、足りんな』
皇帝の言葉が浮かんできた。
まぁ、そうだよな…
「ノーマ、頼みがある」
「はい。なんでも!」
口が空になって普通に話せるようになったノーマが元気に答えた。
「一度フランチェスカに会ってみたいんだ」
「…ふぇ?」
空になったはずのノーマの口から、奇妙な返事が返ってきた。




