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低能な料理番  作者: ミツル
第三章 帝国のアイドル

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2

「ごめんなさい、ごめんなさい」


 二人でキッチンに移動して二十秒後、ノーマは平謝りに謝っていた。


 その右手に、戸棚の扉をぶら下げたまま。

 扉の蝶番が見事に変形して、プラプラと揺れている。


 マンガにでも出てきそうな場面だが、現実に見れるとは思っていなかった。


 俺は中にあるボウルを取ってくれと頼んだだけなのだが、「はぁい!」とテンション高めに返事を返したノーマが扉を引きちぎるまでに要した時間は一瞬だった。


「あ、え、あれ?これ、あれ?くっつかない」


 汗を飛ばしながらなんとか扉を元通りにしようと慌てるノーマの肩に、俺はそっと手を置いた。


「ノーマ、それは部屋の端にでも置いといてくれ」

「…はい…」


 肩を落として壁に扉を立てかけるノーマの背中には、哀愁が漂っていた。


「じゃあノーマ、ポルズの土を落としてもらえるか」

「…はい」

「ボウルに水を貼って、手で落としていくんだ。あまり強くこすらずに…」

「わかりました」


 真剣な顔つきでノーマがポルズに立ち向かう。震える手で、土を落としていく。


 一度落ち込んだことで、肩の力が抜けたらしい。実のところ細く削れていくポルズを想像していたのだが、ノーマは優しくポルズを洗い上げた。


「イオリ様、やり遂げました!」

「…ノーマよ、よくやった」


 いつの間にか何かの作戦進行中みたいなノリになってしまったが、ノーマの満足げな顔が可愛いのでよし。


「じゃあ次はこれで」

「なんですかこれ?」

「割り箸だ。俺達はこれでご飯を食べるんだよ」

「へぇ、これで」


 ノーマが不思議そうに箸を見つめている。

 が、今回は使い方が違う。


「こうやってこの側面で、ポルズの皮を削り落とすんだ」

「なるほど、優しく…ですね?」

「その通り!」


 さっきの土落としでコツを得たのか、ノーマから手の震えが消えていた。


「削りすぎると風味が無くなるから」

「ええ?…イオリ様、横で見ててください」


 なんだこれ、凄く楽しい。


 皮が落ちれば次は俺の出番だ。


 流石にノーマに包丁を持たせるのは、危険だ。


 水を張ったボウルに向かって、ポルズを回しながら鉛筆のように削ぎ切っていく。いわゆるささがきだ。


「うわあ、すごい!魔法みたいですね!」


 なんだこれ!ほんっとうに楽しい。


 切り終わったポルズはすぐにザルに上げる。さらし過ぎると美味くなくなる。水気を切っている間に肉の用意だ。


「これを使おう」 


 俺は冷蔵庫から保存袋に入れておいたメリルの胸肉を取り出した。


「あれ?それなんか水に浸かってませんか?」

「お、ノーマさん、いい所に気が付きましたね。これは肉を柔らかくする魔法の水なんだ」

「へぇ!こっちの世界にも魔法ってあるんですね!」


 素直な娘さんだ。


「実は砂糖と塩を溶かしただけの水なんだけどな」

「えー?そんなのでお肉が柔らかくなるんですか?」

「ああ、まぁ普通によくやられてる手法だけどな。こういう一手間が大事というか。胸肉を見たらこれをやりたくなるのが料理人の性というか…」


 かさにかかって得意げに話している俺を、ノーマはキラキラとした微笑みで見返してくれている。


 ああ、この娘に美味しい料理を作ってあげたい、本気でそう思った。


水気を切った胸肉を一口大に切る。メリルの卵をボウルに割って箸で溶く。ほぐす程度に軽く混ぜるのがコツ。


 これで仕込みは終了だ。


「よし、鍋はこれを使うか」

「わぁ、可愛い陶器鍋ですね」


 少人数用の土鍋は転移竜様に気に入ってもらえたようだ。

 

 鍋にごま油をたらして鶏肉を入れてから火をつける。そのまま炒めて火が通ったらいったん取り出して休ませる。


「え、出しちゃうんですか?」

「ああ、あまり火を通し過ぎてもせっかくの肉が固くなっちゃうからな」


 その時俺達の背後で甲高い電子音が鳴った。


「な?なんですか?今の?」

「お、炊けたな!」


 事前にかけておいた炊飯器が、ご飯…クルクルの炊き上がりを教えてくれたのだ。


「いいタイミングだ」

「わああああああ!」


 ノーマは教えてもないのに炊飯器の蓋を開けて中身を確認した。恐るべし、竜の勘。


「丁度いい。ノーマ、これでそれを混ぜてくれ」


 しゃもじを差し出すと、ノーマは嬉しそうに受け取った。


「こっちにもこんな大きなスプーンがあるんですね!」

「いや、それは調理用だ。それで飯を食うなよ。マナー違反になるから」

「えええ〜」


 心底残念そうな表情を浮かべながら、ノーマはご飯を混ぜた。


「よし、いよいよこいつの出番だ」


 メリルを炒めた土鍋に、仕込んでおいた出汁を入れる。


「あ、さっき言ってた、えっと…ダシですね」

「そう。メリルからとった出汁だから、メリル肉と相性いいのは当たり前だからな」


 ノーマがゴクリと喉を鳴らした。


 ささがきポルズを鍋に入れて火をつけて煮込む。灰汁を取りながら火が通ったら休ませていた肉を入れて軽く煮込んだら…


「いくぞお!」

「どうぞ!」


 溶いた卵を回し込んですかさず蓋をする。


 ここからは時間との闘いだ。


 おれはコンロのつまみに手をかけた。


 早過ぎればジュクジュク、遅過ぎれば固くなってしまう。

 ベストなのは半熟のタイミング。それを逃せば、この料理の魅力は半減してしまう。


「がんばれ!」


 ノーマの励ましは俺に言ったのか、それとも鍋に向けたものなのか?


「ここだぁ!」


 火を止めて、すかさず蓋を開ける。


「イオリ様!卵が光ってます!」


 最っ高の賞賛いただきました!


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