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低能な料理番  作者: ミツル
第三章 帝国のアイドル

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「ほんと、難癖でしたね」


 頭に乗せたバスタオルを髪にこすりつけながら、ノーマがぼやいた。

 

 俺はノーマと共に俺の世界、店に戻っていた。そのまま城に滞在しても良かったのだが、ノーマがしきりに帰ってゆっくりした方がいい、送ります、と勧めてきたのでそうした。


「まあ、間違っちゃいない」

「そうですけど…」


 湯上りのホカホカとした空気を漂わせながら、ノーマがベッドに腰かけた。もこもことしたルームウエアの襟首を指先でちょいと引っ張る。くっきりとした谷間がチラリと見えて、俺は慌てて視線をズラした。


 ノーマのウェアは昨晩の轍を踏まぬよう、こちらに帰ってきて直ぐに買いに走ったものだ。

 もちろん多分に俺の趣味も含まれた選択にはなっている。

 

 ノーマはショートパンツから伸びたすらりとした足を揃えてピンと伸ばした。

 その足先を見つめる表情が、少し重い。


「あの、ノーマさん?」

 

 俺の声掛けにも応じない。何か思い詰めているようだ。


「イオリ様…」

「はい?」

「その、フランの事なんですが…」

「フラン?あ…」


フランチェスカの事か、愛称で呼ぶ間柄という事は…


「知り合いなのか?」

「幼馴染です」


 ちょっと意外だった。漠然と転移竜族たるノーマの年齢を数百年とかそんな風に思っていたが、普通に見た目通りの女の子だったというわけだ。


「フランは皇帝の弟君、ターブル様の一人娘なんです。私は小さい頃からお城に務めていたので、年が近い私達はずっと一緒に遊んでました」

「じゃあ仲良しなんだな」

「え?あ、まぁ、そうです…かな?」


 なんとも歯切れの悪い返事だ。


 ノーマが自分の鞄をゴソゴソと探って一枚の巻紙を差し出した。


「これがフランです」

 

 ちょうどポスター程度の大きさだ。広げると、本当にポスターだった。ポップな色遣いが目に眩しい。


「この娘が?」


 片腕をまっすぐ上げたドレス姿の女の子が大きく描かれている。勝気そうだがすごくかわいい。写真かと思うほどに精巧なそれは、よく見ると手書きの絵だった。文字は向こうのものなので読めないが、それが何のポスターなのかは直感で分かった。


「これ、コンサートかなにかの?」

「フランは今、帝国一の人気者なんです。歌と踊りが昔からすごく上手くて…」

「…つまりアイドル的な…」

「こっちではそう言うんですか?帝国ではそのまま歌姫と呼ぶことが多いです。本当に大人気で、演奏会には数万人が集まる程の…」

「へぇ、そりゃすごいな…」

「なので、今はお城から出て活動しています。もう、二年以上会ってないんですが…」

「それが凱旋して、皇帝と会食ってわけか…」


 とはいえ叔父と姪なわけだから、家族で久しぶりの食事というわけだ。薪会のテストパターンとしてはうってつけだ。


「さすが皇帝、したたかなもんだな」 

 

 俺は立ち上がって台所に向かった。

 鍋を火にかけているのだ。


「それ、何作ってるんですか?私がお風呂に入る前から煮込んでますよね」

「ああ、セザンからとり…メリルをお土産にいっぱい貰ったからな、出汁を取ってるんだ」

「だし?」

 

 セザンがお土産にと農園の産物を沢山持たせてくれた。田舎のおばあちゃんが「持っていきんさい」とどっさりくれるあの感じだ。 

 メリルの手羽元が結構あったので、ノーマの服を買うついでに買ってきた青ネギ、ショウガ、出汁昆布を使って鶏出汁を作っているのだ。

 水と材料を寸胴に入れて煮立たせて、灰汁をとったら弱火にして水で戻した昆布を入れる。


 頃合いだったので俺は昆布を鍋からとり出した。


 あとはゆっくり、しっかりと煮込むだけだ。ノーマの長風呂が効いて、すでに大分いい出汁が出ている。


「わぁ、いい匂いですね~これでなんのお料理を作るんですか?」

「え?」

「え、て?もしかして何も考えてないんですか?」

「いや、だからな…その、出汁ってのはいろんな料理のベースとして使える万能な魔法の液体なんだよ」

「…はぁ…」

「だから、いい材料が手に入ったらだな、とりあえず出汁を作るのが、料理人の性だ」

「…へぇ…」


 しまった、さすがに温度差があったか。


「じゃあ、それ使って何か作って下さい!私お腹空きました!」


 ノーマさん。あなたほんと天使です。


 と喜んだものの、残された材料はセザンのお土産しかない。

 メリルの肉と卵、クルクルはいいとして、あとは大量の野菜だ。

 この野菜群が厄介で、ほぼ見た事がない物ばかりだった。

 四角くて真っ黒いやつ、丸くて青いやつ、楕円形のやつは赤と緑の鱗みたいな葉が交互に生えている。

 味見が出来ない俺にとっては、これは未知のモンスターみたいなものだ。ブルート達が使っていたのは見慣れたものに似た野菜ばかりだったが、あれは多分こっちのシェフが得体が知れて使えそうなものを上手く選別したのだろう。

 

 苦労してるな、先輩方。


「なんかないか…」


 モンスター群をかき分けていくと、底の方に細長い紙包みを見つけた。恐る恐る包みを開けると、端からほろりと土が零れた。


「あ、それボルズですね!」

「ボルズっていうのか、これ」


 紙の中身が、心なしか光って見えた。

 洗わずに包まれていたせいか、土の香りが香しい。


「…ゴボウ…か?うん、ゴボウ、だよな?」


 かなり太めだが、それは俺の知るゴボウの形をした野菜だった。


「私これ好きです!」


 光明だ!ありがとうセザン。


「よし、じゃあ久しぶりに"あれ"を作るか!ノーマ、手伝ってくれ!」

「はい!わかりました」


 素敵な笑顔だ。とても眩しい。


 そしてその眩しさにやられて、俺は厨房で見たブルート達の微妙な表情を忘れていた。


 そしてそのことを、少し後悔することになる。


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