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皇帝は目の前の皿を一しきり見回してから、改めて俺に向き直った。
「もし私に家族がいたとしたら、君はこのメニューを出したのか?」
「…あ…」
皇帝の言いたい事は直ぐに分かった。
メインの大皿には、唐揚げから染み出た脂がテカテカと溜まっている。こぼれ落ちた衣がその脂の上を浮遊していた。
コッテリでガッツリ、確かにスペシャリテだが、それは皇帝一人の為だけに作ったから成り立った料理だ。
もちろん、それが今回の目的だったのだからそれはそうなのだが、ブルート達が提供している料理はそうではない。
皿数や一人前の量を調整すれば、充分複数名の、しかも色々なお客様に対応出来る。
だが俺の料理はどうだ?
もし皇帝に小さなお子様がいれば?
もし皇帝に妃がいたなら?
店の料理なら、それぞれが好きなものを注文できるから、それをお出しすれば良い。
だが、これはこちらが選んで出した料理だ。
女性や子供に向かって、馬鹿でかい唐揚げにかぶりつけと言えるわけがない。
「どうかね?私以外の者も楽しめる料理と言えるかな?」
「…私は見てるだけでも充分楽しめたけど…」
ありがとうノーマ、大丈夫ですよ…
「それともう一つ。この料理を私は食べ続けてもいいのか?」
「ぐ…」
思わず唸ってしまった。
確かにそうなのだ。スーパー高カロリー、加えてスーパー高コレステロール。食事としてのバランスは最悪だ。ブルート達のメニューと比べるべくもない。健康的な食事とはお世辞にも言えないものだ。
「…私は、毎食でも大丈夫ですけど」
ノーマ、本当にありがとう。でもちょっと黙ってようか…
「そうです、ね…たしかに、その通りです」
「…私は、月に一度くらいハメを外してもいいと思うんですけど」
俺はノーマに手をかざした。
皇帝が本当に言いたい事はそういう事じゃない。
「君は料理人として良い仕事をしたのかもしれないが、"薪会の料理番として相応しいかどうかを私に判断させる為の仕事”はしていない、そうだろう」
皇帝の通告は、俺と、もう一度突っかかろうとしていたノーマの鼻を、ぴしゃりと叩き折った。
「考慮に、欠けていました」
「…そんなぁ」
俯く俺に合わせて、ノーマもシュンとしてしまった。
皇帝の食卓に、重い空気が流れた。
その時、しんとした皇帝室全部を揺らす程の大きな音が響き渡った。
扉をとんでもなく勢い良く開けた音だ。
開いた扉の向こうには、デザートワゴンを押したリドが立っていた。
「なに辛気臭い事になっているんですか?」
リドはワゴンを押しながら皇帝のテーブルへと進んだ。
「せっかくの美味しい食事が台無しじゃないですかぁ」
リドはテーブルにつくと、エルブジとブルーノをキッと睨みつけた。
「さっさと開いた皿を下げて!」
「ああ、すまん」
二人が慌てて皿を片付けるのを横目に、リドはケーキナイフに付いたお湯を拭き取るとケーキを切り分け始めた。カットされた面はスポンジではなく、ムースを使ったケーキのようだ。香ってくる香りは、強めの柑橘系。鮮やかなスカイブルーがふんわりと口溶けの良さそうな断面を彩っている。
あの果実だ。やるな、リド。
「どうぞ!お召し上がりください!」
優しく皇帝の前にサーブする。
「あ、あ、あ、あ、り、が、と、う」
「ん?」
そこで初めて俺は皇帝の豹変ぶりに気が付いた。
皇帝は俯き加減にケーキを見つめている。もともと小柄な皇帝だが、更にすぼまった肩が体を小さく見せている。
ほぼ固まっている、言い換えるならそう…
「おおおおおおおおお、美味しそうですね」
何故か敬語な皇帝は、とてつもなくぎこちない動きでフォークを手に取った。
そして手が震えたのか、お約束のように一度フォークを落として、あわてて拾い上げた。
緊張?もしかして怖がっているのか?
最初はそう思った俺だが、隣のノーマが「はぁ」と小さくため息をついたのをきっかけに、真相を理解した。
こう見えて、俺は空気が読める男だ。
皇帝?お顔がとてつもなく真っ赤でございます。
「リ、リドさんに、わざわざ給仕頂けるなんて…こここここここここ、光栄です」
『光栄です』が見事に裏返ってますよ、皇帝!
さっきまでの威厳をゼロにして、皇帝がデザートを食べ始めた。
妙にゆっくりとした動きで、妙に噛みしめる様にムースを口に含む。
この人、そんなおちょぼ口が出来たのか?
「と、とてもさっぱりとしてます!すごく、すごくおいしいです!」
ちゃんと食べたか?こいつ?
「でしょう。脂っこい物に合う様にお作りしたんですよ」
「スすスすスす、すばらしい、です!」
いや、俺は何を見せられているんだ?
そう言えばリドが言っていた。皇帝はこの年になるまで独身を貫いている、と。
そういう事か…
見渡すと、エルブジもブルーノも、ノーマと同じ様にため息をつきながら皇帝の狼狽っぷりを見守っている。
あれか、リドだけが気付いていないというあれか…
皇帝の様子を落ち着いたととったのか、リドがテーブルを離れてブルーノの横に並んだ。
それでか少し落ち着きを取り戻した皇帝は、デザートを(ちょっとイライラする程度の時間をかけて)食べ尽くすと、やっと顔を上げた。
顔がめちゃくちゃ穏やかになっている。
リドの乱入と、四十路男の純情が、場の雰囲気を良い方向へと変えてくれたようだ。
皇帝は、その場にいる全員の顔を(リドの時だけ伏目がちに)見回した。
「もう一度、機会を設けよう」
「!」
「本当ですか?」
ノーマが飛び上がった。
「今回のような不意打ちではなく、きちんとした場でもてなしてもらおうか」
もてなす?言い回しが気になった。
「と、いいますと?」
エルブジも同じ疑問を持ったようだ。
「二週間後、私はある者と会談をする予定になっている」
「え、あ、それは…」
なにやらエルブジが慌て始めた。
「どなたとの会談ですか?」
「私の姪とだ」
皇帝の言葉にノーマが目に見えてびくりとした。
「フランチェスカ様と…」
ブルートまで顔がこわばっているように見える。
「そうだ。皆も知っての通り、彼女はいまやわが国でとても重要な役割を担っている。彼女の活動を労い、その報告と方向性を確認する意味でも、この会談はわが国にとって大切な意味がある」
「フランと…」
ノーマの声は初めて聴いたくらいに小さい。
「どうだ?イオリ。その会談の料理を君に作ってもらいたい。その出来如何によっては薪会料理番の件、検討しよう」
「…断る理由は無いですね」
「では、改めて正式に依頼しよう」
「かしこまりました」
そう答えた俺のコック服の背中をノーマが掴んでくい、と引っ張った。
そしてノーマが漏らした小声で、この場は締め括られた。
「…やべぇ」




