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低能な料理番  作者: ミツル
第二章 皇帝の夕食

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14

 見張り室に戻ると、ノーマとマイドが並んでのぞき穴を覗き込んでいた。

 

 二人の間に微妙な距離感がある。きっとマイドがそれを測り兼ねたのだろう。その証拠に、マイドの顔は(だけでなく耳まで)真っ赤に染まっていた。純情な青年らしくて実に微笑ましい。


 だか一方ノーマは、そんな事はお構い無しに、固唾を呑んで室内の様子を凝視している。


「…あ、どうぞ」


 俺に気が付いてマイドが席を開けてくれた。すれ違いざまに小さく舌打ちが聞こえたが、それは見逃しておこう。


 その間もノーマは一言も発さず、ずっと覗き続けている。


「どうだ?」

と、聞いても返事はなく、固まってしまったかのようだ。


「?」

 

 不思議に思いつつも皇帝の様子を覗くと、皇帝も固まっていた。


 右手にはフォークに刺したチキン南蛮。三分の一程になっている。タルタルソースがゆっくりとしたたり落ちて、それがおそらくすかさずエルブジが用意したのであろう小皿の上に溜まっていた。皇帝は目を瞑り、口を噤んだまま、斜め四十五度くらいの角度で、上を向いている。


 膨れたほっぺたが、ほんのり赤く染まっていた。


 何故、動かないんだ?


 しばらく待った。


 変化は、皇帝のほっぺたから始まった。


 ゆっくりと動き出す。噛み始めたようだ。


 目を開けた。開けて、

「ぐ」

とだけ唸った。


 そしてそのまま皇帝はもぐもぐタイムへと突入した。


 それは鬼気迫る、と言っても大げさではない様子だった。


 三口でチキン南蛮一枚を食べると、そのままクルクルをごっそり口に放り込む。少し噛み混む、そして味噌汁。そのサイクルをただ繰り返していく。その間視線は常に食卓に向き、伸びた背筋は微動だにしない。


 一国を統べる人物の集中力たるや…


 その間『ぬ』の『む』だの、唸りを挟んでいるだけで、基本無言だ。


 そしてノーマもその間微動だにせず、皇帝の食事、チキン南蛮を凝視し続けていた。


 その集中力たるや…


 その間『ああ…』だの『ふわ~』だの、なんか漏らしていたが、最後に俺を振り返ると、少し涙ぐんだ目でキッと睨みつけてきて、


「…いじわる」


とぶつけてきた。


 …大丈夫、後でちゃんと作ってあげます。


 そんなやりとりの間に、皇帝の食事はいよいよ終わりに差し掛かっていた。


「うむ」


最後のチキン南蛮で甘酢とタルタルソースを皿から拭いとった皇帝は、少し名残惜しそうにゆっくりとそれを口に運んだ。目を瞑り、ゆっくりとゆっくりと噛み締めていく。残ったクルクルと味噌汁は、きっちり一口分。完璧な配分だ。


 それらを食べ終わると、皇帝はナフキンを掴んで額の汗を拭った。

 

 そして…


「うわははははは」


 突然高らかに笑い出した。


「こ、皇帝?」


 その様子には流石のエルブジも戸惑いを隠せなかったようで、慌てて皇帝に歩み寄ったが、当の皇帝はそれを制して、


「大丈夫だ」

と笑って返した。

 

 笑う皇帝の口の周りはテカテカだった。


「皇帝、お口を」


 エルブジの耳打ちに皇帝はナフキンで口を拭い、そして、

 

「実に美味かった」


 と続けた。


「やった!」


 その言葉に、俺とノーマは小さくガッツポーズをした。

 見ると、エルブジも皇帝から見えない方の拳を握っていた。


「ふう」


 皇帝が小さく息を吐き出した。

 そりゃお腹いっぱいだろうからそうなのだろう、と思っていたがそれは間違いだった。

 息を吐き終えた皇帝の顔は、完全に冷静さを取り戻した、『元首の顔』になっていた。

 そして、その顔をエルブジに向けた。

 

「それでは、そろそろ呼んでもらおうか」


 その言葉に、エルブジの拳がさらに強く握られた。



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