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皇帝の夕食は少し遅めで、いつも仕事が終わり風呂に入ってから食べるらしい。そのおかげで多少だが時間的な余裕があった。
「まずは今回のメニューを試作する」
俺の言葉に、ブルーノが不思議そうに、
「なぜそんな事をするんだ?」
と聞いてきた。
当然の反応だ。俺は新作を作るわけじゃない。そもそも味が分からないから作れない。だから今回もレシピがしっかりと頭に入った馴染みのある料理を作るわけだ。
本来なら試作する必要は無い。
「味に自信が無いわけじゃないんだ。だけど、この世界の人にとってすごく美味しい物かどうかは分からないだろう?」
「なるほど、じゃあ我々の試食用というわけか?」
料理は風土が作り上げる。その国の歴史と言ってもいい。当然味の感じ方も積み上げられてきた民族特有のものがある。日本では辛くても、他の国ではそうでない事もある、そういうことだ。
それが異世界なら尚更のことだろう。
ただ、皇帝の昼食や、セルパでの生活を見る限り、この世界が俺の世界と大きく違っているようには思えなかった。もっとも食材の正体は「ちょっと」違ってはいたが…
「確証が欲しくてな。レシピの確認も踏まえて、二、三人前作る」
「了解だ」
「イオリ、デザートはどうすればいい?」
リドが聞いてきた。俺の献立にはデザートが入っていなかった。簡単な物ならともかく、パティシエの領域となるとさすがに専門外だ。
「それは任せていいか…そうだな…脂っこいものを食べた後に口がさっぱりするような、そんなのがいいな。試作はしなくていいんで」
「了解。任せといてくれ」
「よし!」
ノーマが用意してくれたコック服を羽織り、腕を肘までまくり上げる。帽子がわりの手拭いを頭に巻いて、気合い注入だ。
「俺は何をすればいい?」
「ベローネを茹でて欲しい。サラダにする」
「なら僕はマヨネーズを作ります」
「付け合わせの野菜は?」
「キャベ…えーとビリーネの千切りで、水にさらしてくれ」
コック達の手が走りだした。
「さて、俺も…」
クルクルを水で濯ぐ。濯いで水を切ったクルクルを研いでいく。丁寧に、優しく、掌で握るように。研いだら水で濯いで、それを数回繰り返す。研いでいて分かったのだが、ここのクルクルは完璧な白米だ。
「これ、いったいどうやって精米してるんだ?」
「お、いい所に気が付いたな」
俺の独り言に見学中のセザンが反応した。
「いろいろな方法があるんだが、うちの農場では一番綺麗に仕上がるモンテリー式を採用してるんだ!」
「モンテリー…式?」
「ああ、しかも若いモンテリーばかりを使ってる。若い方がキメが細かくてしかも動きがこまやかだから、糠の除去がしっかりとしていてな…」
「ああ、わかったぁ…ありがとう」
セザンにはそうお礼を言ったが、モンテリー式の詳細はまったく想像がつかない。というよりはあまり想像したくなかった。
まぁ、いづれモンテリーという"生物”に出会う事もあるだろう…
プジョルが用意してくれた鍋にクルクルと水を入れて、少し給水させる。その間に肉の仕込みだ。メリル腿肉の筋を取る。脂分はそのままにして、一口大に切っていく。切ったらそれをボールに移し、塩、胡椒、醤油、酒、味醂、ブルル…ニンニクだ…、…コウチルこれがショウガ、を摺り下ろしたもので味付けをする。
ここで俺は手を止めた。もう一品、味付けに使うかどうかで迷っているものがあった。
料理番室で見つけた、ゴマ油だ。
風味は良くなる。男子の好きな味になるはずだが…このあまりにも自世界的な味が、はたしてこちらで受けるものなのか?
「そういえばイオリ、君は何シェフなんだ?」
ベローネをマッシュしながらブルーノが聞いてきた。
「何シェフ?」
「君たちの世界では、国によってそれぞれ調理法が色々あって、得意な料理で呼び名が変わるんだろう?私の師はフランス料理のシェフだと言っていたが…」
「ああ、そういう事か…そうだな、そういう事なら俺は…ええと」
俺は少し考えた。高校生の時のアルバイトから考えると、色々な店で修行をしてきた。フレンチ、イタリアン、中華…俺の店にはレストランという言葉以外は特にそういうのは看板に掲げていない。メニューもまぁ無国籍で、割と自由に決めていた…
となれば…何だろう?
「そんなの決まってますよ!」
悩む俺の横からノーマが割り込んできた。
「イオリ様は、"美味しい物料理”の専門家です!」
「おお、なるほど!」
ブルーノが大袈裟に驚いてみせた。ちょっと気恥ずかしかったが、自信満々のノーマの顔にほだされた。
「そうだな」
美味しい物料理の料理人。いい響きだ。
「最高だな」
ブルーノの絶賛を受けた。
「ありがとう」
よし決めた。俺はゴマ油をボールに注いだ。
美味い物は、美味いはずだ。
「イオリ、この油はどう使うんだ?」
ポレイリの油、ラードを作っていたリドが聞いてきた。
「ああ、リド、それは鍋のまま火にかけてくれ。揚げ物用だ」
「これがが?揚げ物ってフライの事だろ?」
リドが少し顔を歪めた。無理もない、その油からはなかなかに濃い匂いがしている。
「少し魔法もかけたいからな」
俺の返事に首をかしげながらリドが鍋を火にかけた。




