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低能な料理番  作者: ミツル
第二章 皇帝の夕食

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9

「…そうか、そうだよな…」

 

 ここまでの牧歌的な風景に油断していた、完全に。

 ここは異世界で、そして空飛ぶエイの背中なのだ。


「どうだい!いい毛並みだろう!」

 

 セザンがメリルを抱っこした。

 メリルは、暴れる様子もなく、ク、クと頭を動かしながら、セザンの顔を見上げている。

 予想外に大人しい動物のようだ。が…

 

 メリルの大きさは鶏よりも少し大きく、七面鳥に近かった。鶏と同じように二本歩行だ。だがその足は太く、その爪は鋭い。鶏と同じように全身が羽毛で覆われてはいるが、その色はくすんだ茶色で短く、あまりフサフサはしていない。羽は、無い。代わりに肘から羽毛を生やした前足が二本、その腕の先にはちゃんと三本の鉤爪付きの指が標準装備されている。嘴ではなく伸びた大きな三角形の口。パックリと開いたその中には小さな牙がびっしりと生え揃っている。


「この目が可愛いんですよね~」


 確かに、可愛らしいが…


「この種は肉付きがいい事で有名でな!」

 

 種ね…確かに、『種』としては間違ってはいないのか…


「イオリ様の世界にも、メリルみたいな動物がいるんですよね…」


 確かに、いる。いるには、いる。鳥はそこから進化したのだと聞いたことがある。あるのだが…


 メリルが俺の方を見て、首を小さく傾げた。


 いや、違う…


 これは、俺の認識では、『恐竜』に分類される生き物だ。


「…何ラプトルになるんだろう?」


 俺の独り言が聞こえたのか、ノーマが不思議そうに俺の顔を覗きこんできた。


「うちのメリル肉は美味しいと評判なんだ!」

「帝国内でも人気のブランド肉なんですよ」

 

 呼応するようにメリルが「ギャー」と鳴き声を上げた。その可愛い目を、クルクルと動かしている。


「へーそーなんだ。じゃあとりあえず肉を…」


 俺はなるべくメリルと目を合わせないように放牧場を後にした。

  

 加工場の入り口には白衣と帽子が用意してあった。


「これを着けて入ってくれ。場内のルールなんだ」


 これにはとても感心した。場内は清潔に保たれていて、羽毛一つ落ちていない。一日数回、定期的に清掃するのだとセザンが教えてくれた。


 安心、安全のブランド肉だ。


 事実、セザンが用意してくれたメリル肉はとても素晴らしいものだった。腿も胸も新鮮なのが一目で分かる。色も弾力も申し分ない。これは間違いなく、美味い肉だ。

 

 まぁ、恐竜だが…


「戻るんだろ?じゃあ行こうか」

「え?セザンさんも来るんですか?」

「当たり前だろ、イオリがこれでどんな料理をするのか見てみたいからな!」


 結局セザンはそのまま城までついてきた。


 厨房ではブルーノ達が色々と準備を進めてくれていた。


「イオリ、陶器製の鍋ってのはこれでいいのか?」


 プジョルが差し出してきた鍋は、ほぼ土鍋だった。

 陶器製のしっかりと厚い蓋付きだ。


「おー、これこれ。ありがとう!」


「イオリ、ポレイリの背脂、こんなにどうするんだ?」


 リドが大型のボールいっぱいに背脂を用意してくれていた。ポレイリ…俺の認識では豚なのだが、メリルの実態を見た今では、確証はない。だが見た目は紛れもなく豚の背脂だ。


「それを細かく角切りにして火にかけて欲しい。焦げないように少し水を入れて。しっかりと脂を溶かして、でそのあと漉して…」

 

 リドとそんな話をしていると、後ろから熱い視線を感じた。

 振り返るまでもない、ノーマだ。


 …私は何すればいいですか?何か出来ることはありますか?…


 無言のプレッシャーが燃える目から発せられていた。俺的には本当にノーマの力が必要なのはもう少し先なのだが…


「ノーマ、料理番部屋に案内してくれ」

「あ、そうでした!」


 ノーマの顔がパッと明るくなった。


「じゃあ行きましょう!」

 とノーマが俺を脇に抱えた。

 

 あ、もうこれ、デフォルトなんだね。


 何のことはない、料理番部屋はゲストルームの隣だった。

 だが扉を開けた瞬間、俺はこの世界とは異なる、懐かしい、馴染みのある空気を感じた。室内はこの世界の作りだが、香りが違う。

 

 まるで家の台所のような…

 

 俺は直ぐにその原因が、正面のガラス棚に並んだ調味料類だと分かった。五年経ってもここは、料理人の部屋なのだ。


「そうだ、…五年だ」

 

 酒ならともかく、他の調味料は五年の放置には耐えられない。残念だがこれらは…


「どうぞ、ご覧になって下さい!」


 ノーマが棚の扉を開けた。

 その瞬間、嗅ぎ慣れた香りが棚から漂ってきた。


「え?」


 調味料を見た瞬間、俺の直感が安全を告げた。とても五年も放置されたものには見えなかった。きちんと整理されて置かれているのは、無数の一升瓶に木桶、他にも紙袋やビニールのパッケージ、どれもこれも、日本の物だ。そして、どれもこれもほこりの一つも被らず、店に並んでいるもののように新しく見えた。


「どういうことだ?」


 俺は醤油の瓶を手に取った。ラベルに書かれている賞味期限はやはり数年前に切れている。蓋を開けて匂いを嗅いでみた。芳醇な香りが、鼻をくすぐる。


「この棚は時間貯蔵庫になっているので変質はしてないはずですよ!」

「ん?はぁ?」


 ノーマの説明を聞いても理解できない。


「あれ?イオリ様、もしかして時間貯蔵庫を知らないんですか?」


 ごめんなさい。初耳です。


「この中は時間が進まないので、入れたものが変質しないっていう…ほらここに」

 

 ノーマが指さしたのは棚の背面版だった。

 そこに丸く何かの文様のようなものが書かれている。


「これが専用の魔法陣です」

「……へえ~」


 そういえば厨房の台下貯蔵庫の中にも、同じような物が書かれていた気がする。なるほど、冷蔵も冷凍も関係ないわけだ。

 

 俺は改めて棚に並んだ調味料群を見た。


「醤油、味醂、酒、お酢に…塩も砂糖も、赤も合わせも、白味噌と…」


 つまりこれは、宝の山だ。

 しかもただの調味料じゃない。

 どれもこれも "こだわり” のものばかりだった。  

 俺が手にしているのは小豆島にある老舗蔵元の醤油だ。これだけでも用意した料理人が実直に料理に取り組んでいた事がよく分かる。


「…ノーマ」

「はい?」

「前任の料理番て、どんな人だったんだ?」

「あー、えーと、すごくお料理が好きな方で」

「それは分かるよ。これを見れば…」

「そうですね…」


 ノーマは少し返答を詰まらせた。が、直ぐに笑顔を浮かべた。そして懐かしそうに、

「とっても、素晴らしい方でしたよ」

と、そう答えた。

 

 笑顔が、どこか誇らしげだった。


「そうか、そうだろうな…こんな置き土産、その人に感謝しないと」


 これで材料は揃った。後は料理するだけだ。

 まぁ、ここからが正念場なんだが…


「ノーマ、コック服を借りられるか?」

「もちろん!直ぐに用意します」

「じゃあまずは、テストキッチンからだ」 

「え?テストキッチン?」

 

 聞き慣れない言葉なのか、ノーマはきょとんとしていた。


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