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低能な料理番  作者: ミツル
第二章 皇帝の夕食

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6

「メニューは決まりましたか?」

 厨房に戻ると真っ先にエルブジが問いかけてきた。


「うーん…」


「早めに仕込むものがあったら言ってくれ。手伝うぞ」

 ブルーノも親切に言ってくれた。


「そうだなぁ…」


 洗い場に積み上げられた食器群。俺は皿に残ったソースを指で掬って口に運んだ。


 そうだった。味はしない。


 そこにいる全員が俺を心配そうに見つめていた。


「悪い。少し時間をくれ」


 俺は厨房を出て中庭に行った。日差しが温かい。見上げると今日は快晴だ。


「お疲れになりました?」


 振り返るとノーマが付き添ってくれていた。


「いやぁ、メニュー、どうしたもんかと思ってな…」

「皇帝の好物を聞いてきましょうか?」

「いやぁ、そういうんじゃないんだ」


 皇帝はどの料理も残さず食べていた。好き嫌いは無いはずだ。というよりむしろ、なんでも美味しく食べる人なのだろう。


 でもじゃあ、何故あんな…


 俺は最後に見た皇帝の顔を思い出していた。

 俺が見たその顔は、笑ってはいたが、なんだか物足りないような、そういう表情に見えたのだ。


 あの時皇帝は、「満足しました」とは言わなかった。


「あちらにベンチがありますから、座って休んだ方が…」


 ノーマに促されるまま、庭の端にある岩作りのベンチに腰かけた。隣にノーマがちょこんと腰かける。さらりと抜けた風が、ノーマの髪を小さく揺らす。本当にのどかな世界だ。

 ホテルの厨房で働いていた時、中休みにいつも行っていた屋上の庭園を思い出した。ガーデンテーブルが据えてあって、そこで賄いを喰うのが俺の日課だった。


 そういえば、村上課長とも何度か一緒になった事があったなぁ…


 腰の低い、優しい人だったが、影では「鬼の経理監査」と言われる程仕事の出来る人だった…


「あ!」

「どうしたんですか?突然?」


 思い出した。村上課長だ。課長も小柄なのに超が付く大食いだった。いつも食べていた愛妻弁当はご飯とおかずがそれぞれ別の弁当箱に盛られていて、どちらももれなく超大盛りだった。奥さんが毎朝文句を言いながらも作ってくれるんだ、ありがたいね、とよく話していた。


『痩せてるのにすごく食べるんですね』

『そうなんだよ。見かけと違うとよく言われるよ』


 そう照れながら見せてくれた弁当の中身は、凄く手が込んでいて、何品ものおかずが詰め込まれていた。とても愛情を感じる弁当で、働く夫の体を気遣って野菜もふんだんに、肉や魚もとてもバランス良く献立されていた。


『すごいですねぇ』

『いやぁ、ありがたいよ。ただねぇ…』

『ただ?』

 

 課長はバツの悪い顔を浮かべながら、内緒だよと続けた。


『たまにはハメを外したいというか、実は私は脂っこいものが大好物なんだが…』

 

 奥様の作ったおかずは、煮物や焼き魚がメインだった。ごはんの横に添えたきんぴらごぼうが美味しそうだ。


『独身の頃は毎日ラーメンだの焼肉だの、好きな物ばかり食べてたからね。そりゃ家内のおかげでこんな大食いなのに健康を保ててるんだから感謝しないといけないんだが…』


 そう言いながら浮かべた課長の表情は、少し物足りないような、そんな笑顔だった。


『こんな見かけだけどねぇ、実はこれでも脂の乗った中年男なんだよ』


 はははと笑う顔。

 あの顔は、あの時の皇帝と同じ顔だった。


「ノーマ、皇帝は今いくつなんだ?」

「お年ですか?えーと確か今年で四十歳くらいだったと…」


 ガッツリ脂の乗った中年男だ。毎日仕事をバリバリとこなし、責任も充分過ぎるほど背負っている。周りには見せてないだろうが、抱えるストレスは相当だろう。それでも皇帝として相応しくあろうと毎日頑張っている。だが楽しみである食事は、量はすごいが、少しだけ物足りなさを感じている。


「なるほどね…」


 二階の回廊から扉の開く音が聞こえた。音のした方を見上げると、皇帝が廊下を歩いていた。お付きらしき人物が数人、何か書類を読み上げながら付き従っている。それに応える皇帝の顔は食事中とはうって変わって真剣で真面目で、父であるカーン・ロカにも引けを取らない威厳が伺えた。


「皇帝に心から満足のいく食事をしてもらいたいものだなぁ…」


 ぼやいた言葉にノーマが「はい!」と力強い返事をくれた。


「よし、やるか!」

「メニューが決まったんですか?」

「ああ、思いついた」

「どんなメニューです?」


 聞いてきたノーマが俺の顔を見て少し眉をひそめた。


「イオリ様、ちょっと悪い顔をしてますよ」

「そうか?そうだろうな」

 

 自分でもそれは自覚していた。


「メニュー名はそうだな…中年の星!応援ガッツリ料理だ!」

「…はい?」


 ノーマが眉をさらにひそめた。


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