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残った生クリームに名残惜しそうに別れを告げたノーマが案内してくれたのは、皇帝の間に隣接する四畳ほどの小部屋だった。中では鎧を着た若い男が椅子に掛けて壁を見ていたが、ノーマに気付くと少し慌てて(ついでに顔を赤らめながら)それでも小声で、
「ど、どうしたのですか?ノーマさん。二、二度もこ、ここに、来る、来られるなんて、な、何か変わった事でも?」
と、見事にしどろもどろに聞いてきた。
「大丈夫よマイド。ちょっと皇帝のご様子を確認したいだけだから」
ノーマが微笑みかけると、マイドは直ぐに「はい!どうぞ!」と椅子から飛ぶように離れて直立不動になった。
いやーわかりやすい。いいぞ青年。
壁には小さな覗き窓があった。きっと壁の向こう側からは分からないようにカモフラージュされているのだろう。いわゆる近衛兵の見張り部屋だ。しかしそれの担当が駆け出しとしか思えないような若い兵士一人という事は、この国がそれだけ平和だという証拠だ。
「イオリ様、ここから見られますよ」
訝し気な、というより少し睨みつけてくるマイドに頭を下げて、覗き穴から中を見た。すぐ目の前に皇帝の食卓が見えた。
「あれが、皇帝…」
皇帝ダカン・ロカは、想像とはかけ離れた容姿だった。あれだけの料理をたいらげる大食漢だ。思い描いていたのは巨漢の丸々と太った髭面の姿だったが、目の前で食事をしているのは、やせぎすの小柄な人物だった。髭さえ生えていない。王冠はかぶっているが、華美なマントも、杖も持っていない。生成りのシャツ姿は、(こう言っては何だが)さえない中年サラリーマン、といった印象だった。
「皇帝っぽくないでしょう」
「まぁな…」
ちょうど皇帝はメインの最後の品、南スーレの黒ブレドをじっくりと煮込んだシチュー・クルクルと共に、を頬張っていた。
しっかりと丁寧に煮込まれたビーフシチューは、クルクル…米によく合うようで、美味しそうに次々と口に運んでいる。その食べる速度は、そこだけは想像通り、めちゃくちゃ早かった。
「どこに入ってるんだ?」
今日の昼食を全て足したら皇帝の体重より重いんじゃないだろうか…
メインを食べ終えた皇帝の前に、リドの作った大型ケーキと大型ミルフィーユと大型フルーツゼリーが運ばれてきた。
「うーん、良い香りだねえ」
体通りの少し高い声、昔務めていたホテルの経理部にいた村上課長を思い出した。面影がよく似ている。
皇帝は大型デザート群を片端からやっつけ始めた。少し胸やけを覚えた俺は、覗き穴から目を話した。
「ノーマ?皇帝は人間なのか?」
「なんて事を言うんです!あなたは!」
怒ったのはマイドだ。
「なら、こちらの人間は全員あんな暴食家なのか?」
「こちらの人間?」
「あ、イオリ様はこの国へ来たばかりの方だから」
あわててノーマが割って入った。
「確かに皇帝はかなりお食べになる方ですが、れっきとした人間族の王であらせられます」
かなり、で片が付く量じゃないけどな。
「あ、お食事が終わられたようですよ」
ノーマが俺を手招きした。料理に対する評価が見たい。
「とても美味しかったですよ。ブルーノ達にありがとうと伝えてください」
そう給仕長に伝えながら、皇帝は微笑んだ。
…微笑んでは、いた。
だけど…
「どうですか?」
「…そうだな…」
生返事で返した俺の顔をノーマが覗き込んできた。
「…皇帝は毎日、というか毎食ああいう食事を?」
俺はマイドに質問した。近衛兵ならば、皇帝の姿を四六時中見ているだろう。
「え?そうですね。もちろんメニューはコック達が色々と工夫していますが…」
「そうか…」
豊富すぎるメニュー。どれもこれも手がかかっていて、恐らくとても美味い。それはブルーノ達の手際を見れば充分に分かった。しかも全メニューを見て気付いたが、野菜、穀物、魚介、肉、量はともかくしっかりとバランスが取れていた。これを毎食提供しているブルーノ達の努力は計り知れない。きっと皇帝もそれは知っていて、だから食事が終わった後にきちんと礼を言ったのだろう。
だが…
俺は違和感を抱きながら、見張り部屋を後にした。




