4
幸いなことに厨房内の食材については何とか理解することができた。
呼び名こそあれだが、ニンジンぽいものが全長50センチを超えていたり、ヒラメっぽい魚にシカのような角が生えていたり、その程度の差だったからだ。
肉に至ってはすでにどれも捌かれた後なので、鳥も豚も牛も同じにしか見えない。ちなみにメリルが鳥、ポレイリが豚、ブレドが牛(っぽい肉)のようだ。
そしてクルクルは、なんのことはない、『米』だった。
加えて調理法はフレンチが基本なので、異世界厨房が初めての俺でもなんとか戦力として役に立つことができそうだ。
驚いたのは、その厨房設備だ。
作業台の上面は滑りにくい素材の(何かの樹脂のような)ぶ厚い板で作られていて作業がしやすそうだ。面積の広いまな板には鉱石のような光沢があるが、これもなぜか食材が滑りにくくて使い勝手がすこぶる良い。
これが包丁を潰せるまな板…
気になって持ち上げてみたら、意外な程軽かった。
台下の扉を開けるとそこは食材用の貯蔵庫になっていた。不思議なのは、野菜も肉も穀物も同じ様に保管されていて、しかも冷蔵庫と違って冷たくなっていない。だが食材はどれも新鮮そのものだった。
そして火口。これには感動した。厨房内にいくつかあるコンロはどれも火力が強く、メインの物は中華厨房にある強火力と比べても遜色がない。しかも火力の調節が秀逸で、手元にメノウのような素材の細長い板がはめ込んであって、そこに指を当ててスライドさせれば事細かく調節出来る仕組みだった。
もちろんどれもこれも俺には原材料も原理もまったく不明だった。
まぁ、便利なので当面は問題ない。
「よし、出来た皿はどんどん運んでくれ!お前ら、メインに取り掛かるぞ!」
「ウィ!ブルート!」
あ、シェフ!じゃないんだ。
「イオリ、ポレイリの下処理は済んだか?」
「これでいいか?」
「おお、さすがだ!おい、プジョル!」
「ほい!皿は準備できてます」
「よし、メリルの付け合わせも仕上げてくれ!」
「了解!」
厨房はさながらオフィス街にあるレストランのランチタイムのような忙しさだった。しかしこの厨房のメンバーは何種類もの調理を段取り良くこなし、しかも全員手が早い。加えてチームワークも良くとれていて、次々に料理が完成していく。
ありていに言えば、素晴らしいコック達だ。
出来上がった料理は次々と給仕達によって運ばれていく。ノーマもエルブジもそれを手伝っている。そして帰ってくる給仕達の手には必ず綺麗にたいらげられた皿が乗っていた。
これは料理人にとってとても気持ちのいい事だ。
ただ皿の数が一人前としては桁外れなだけで…
「よし、これでメイン終了だ」
ブルートが盛り付け終わった皿をエルブジに渡した。「お疲れ様です」と小さく会釈をしてエルブジが出ていくと、厨房内に安堵の空気が流れた。
俺もさすがに久々の厨房作業で疲れを感じた。
「イオリ、あんたなかなかやるねぇ!」
ケーキのカットを終えたリドが賞賛をくれた。切り分ける為ではなく、食べやすいようにカットしているのだという。
リドはボールに残っていた生クリームをスプーンで掬うと、「はい!」と差し出した。
「え?」
一瞬ドキリとしたが、差し出した手は俺の方向から逸れて、その先にはノーマの口が待ち構えていた。
「おいひい~」
「ノーマもありがとね」
残りの生クリームをせがむノーマを眺めながら、俺は大事なことを思い出した。
「ノーマ、皇帝の食事してるところって覗けるのか?」
ただ料理を作るだけではだめだ。それを食べる皇帝の様子を見なくては。
「ふぁい、れきますよ!」
スプーンを咥えたまま、ノーマは答えた。




