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「そもそも考えが浅はかなのよ」
アルページュは、レードルをもう片方の手のひらにパシパシさせながら、ティムロー達の前をしゃなりしゃなりと歩き始めた。
さっき鬼になった小悪魔は、さらに進化して鬼教師に変化した。
生徒達は、もう逆らえそうにない…
「嫁?働き手?なによそれ?」
「いや、でも…」
「黙って」
「…はい」
ティムローってもっと背が高くなかったっけ?
「そもそも村の人数が増えたり、有力な民族?そこから多少の補助を貰っても根本的な解決にはなり得ないでしょ」
「いや、ティムローだって色々と考えて…」
「黙れ」
「…はい…先生」
アトミクス、背筋がまんまるになってるぞ。
「もしもまた、不作の年があったらどうするつもり?」
「!」
ティムローが肩を震わせ始めた。
分かっていたのだろう。分かっていたが、考えたくなかった。考えると、悲惨な結論にしか行き着かない。
そういうところを、先生にズバリと突かれた。
「たとえば、嫁が来たとするわ。まあ、まともに来るとも思えないけど…それで子供が産まれました。その子達が働き手になるまで、不作がない保証なんてないわ。だいだい、その子達が全員ブドウ作りの跡を継ぐとでも?今の若者達でさえ時代遅れだって言ってるんでしょう?」
こういうのを『畳みかける』て言うんだなあ…
「わからない?」
アルページュは、差し出したレードルをティムローの鼻に押し付けて、顔を上げさせた。
しまった。ムチでも用意しとけば良かった。その方が絵になったのに…
「あなた達が、今の形のままブドウ作りだけを続けていたら、問題は根本的に解決しない。永久に。いえ、村が無くなってそれで終わりね」
啜り泣く声がテーブルの向こう側で次々と上がり始めた。
なんか可哀想になってきて、アルページュに目配せしようとすると、先生は薄ーい笑みを浮かべて、俺を見返して来た。
あ、なるほど…
それで(なんとなくだが)アルページュの意図が見えた気がした。
「じゃあ俺達はどうすればいいんだ?」
ティムローの悲痛な叫びも顔色一つ変えず、アルページュは椅子をテーブルの正面に持ってくると、浅く腰掛けて、その長い足をふわりと組んで見せた。
昨日のネグリジェ姿じゃないのが残念だ。
「村で新しい事業を始めなさい。それしかないわ」
「新しい事業たって、そんな…」
「俺達、ブドウ作りしかやった事ないぞ」
「そもそも何を始めたらいいんだ」
生徒達がざわつき始めた。
「お黙り!」
『黙れ』の最上級を頂いた生徒達は、全員一斉に身を強張らせた。
「やった事がない?わからない?あなた達の親は、あなた達の為に、やった事もない仕事を、行った事もない土地で、今この時も、文句一つ言わずにやってるんでしょう?」
生徒達は更に身体を強張らせて、石のように固まった。
そしてアルページュは、その石にハンマーで殴りつける。
「甘えないで」
ガラガラと崩れ落ちる音が、ホールに広がった気がした。
これはそろそろ助け船を出さないと、生徒達が立ち直れなくなるな…
「アルページュ、そこまで言うのなら、具体的になんか策でもあるのか?」
アルページュが嬉しそうに俺を見返した。
「お洒落なレストランで働くのがいいんでしょう?だったら、レストランをやればいいわ」
アルページュはわざわざ足を組み替えてから、上半身を前に突き出した。
演出は、いよいよ佳境に入ったようだ。
「レ、レストラン…?」
「そう、村にレストランを建てて、名物料理を出すの。お客様がわざわざ食べに来るような、そんな料理よ」
「そんな料理、どうやって…」
「あら、今食べたばかりじゃない」
ティムローがハッとなって、目の前の皿を見つめた。
「ポレイリもブドウも、素晴らしい名産品よ。それを活かさなくてどうするの?」
なるほど、産地でしか味わえない、そういう付加価値を持たせて売りにする。田舎の村にお客様を呼ぶ為には大事な条件だ。
たが、まだそれだけでは少し弱い気がする。
ポレイリもブドウも、町で食べようと思えば食べられる素材だ。
そんな俺の考えを読んだのか、アルページュは、レードルでもう一度、手のひらをパシリと叩いた。
「あともう一つ…」
あれ?顔が小悪魔に戻っているような…
「あなた達のレストランは、この世界で初、そして唯一の、ワインを楽しめる店になるのよ」
こんな楽しそうなアルページュの顔、初めて見たなあ…




