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アルページュが一人一人、皿に追加のソースをサーブしていく。
パイの中に肉と一緒に包み込んで焼いたソースと基本的には同じだが、バターを混ぜて煮こんでとろみを増した、アルページュ謹製のソースだ。
パイには直接かけずに、料理の脇に、しかしたっぷりと。
パイの食感を損なわないよう気遣ったサーブだ。
サーブのたびに肩に手をかけて顔を斜に覗き込んで妖しく微笑みかける必要はまったく無いと思うが、そのアルページュのサービスのせいか、それとも追加のソースから香り立つ甘酸っぱいブドウの香りのせいか、ティムロー達は更にうっとりとしている。
「パイごとお切り頂いて、ソースをたーぷりと絡ませて、全部合わせてバクリ!といってください」
「ゴクリ」
ティムロー達が一斉に喉を鳴らしたのを最後に、部屋はシンと静まりかえった。
数秒後、ティムローは意を結したのか、神妙な面持ちでゆっくりとナイフをパイにあて、切り始めた。
他の者も、それに続く。
「サクリ…」
静寂に、パイを切る美味しい音色だけが連続して流れた。
「う!?」
ティムローが一瞬狼狽えた。
パイを通り越したナイフが、何の抵抗も無く、すい、とポメイリ肉に吸い込まれていったからだ。
ヨーグルトで肉にかけた魔法は、予想以上の効きめをみせている。
「ゴクリ」
テーブルとは別の方向から、ほんの小さく、唾を飲む音が聞こえた…いくつも。
エルブジも、カーサも、ラサイも、フロントマンも、給仕スタッフ達も、全員が固唾を飲んでティムロー達を、いや、切られていくポメイリのパイ包み焼きを見つめている。
よかったな、ノーマ、誰も君のよだれには気づいてないぞ。
ティムロー達は、思った通り、一様にかなり大きめに切り分けた。
フォークを突き立てて、ナイフでソースをたっぷりと乗せる。
そこで手下達が申し合わせたかのように一斉に顔を上げて、一斉にティムローの顔色を伺った。
ティムローが、ゆっくりと小さく頷いた。
「どうぞ、ご遠慮なく」
アルページュの言葉が掛け声になった。
ティムロー達は全員が目を瞑ると、ポメイリをバクリ!と一口で食べた。
くるか?感情の嵐?
思わず手で顔をガードして身構えた。
3秒待った。
あれ?来ない?まさか、口に合わなかったか?
そう思って目を開きかけて、それに気づいた。
足元が揺れている。
最初ごく小さく感じたその揺れは、全員が気づいて下を見た時にはかなり大きくなって、部屋全体が大きく揺すぶられ始めた。
「きゃあ!」
転倒しそうになったアルページュの手からレードルが回転しながら飛んだ。
「うわわ!」
「いや!」
「つかまって!」
エルブジとラサイをカーサが両手で庇いながら膝をついて低い体勢をとった。
「イオリ様!危ない!」
ダッシュしたノーマが俺の腰を抱えてその勢いで2メートル程飛んだ。
その直後、俺が立っていた正にその場所を天井から落ちてきた照明石が直撃した。
「大丈夫ですか?イオリ様?」
「あ、ああ、ありがとう…」
「ブヒー」
ポーちゃんも心配してくれてありがとう。
揺れは、だんだんと収束して、やがて収まった。
不思議なことに、あれだけの揺れの中、テーブル上の料理は一ミリも動くことなく、無事に湯気を燻らせている。
なんて人迷惑な感情の嵐だ。
文句を言ってやろうとティムロー達を見た途端、口から言葉が消えた。
さすがにそのザマの男達に、追い討ちはかけられない。
迷惑な嵐の主達は、全員、ズビズビの涙顔で、ぱんぱんに膨らませたほっぺたで、もぐもぐと一心不乱に口を動かしていた。




