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「すみませんイオリ様、届いたブドウを確認して頂きたいのですが…」
エルブジの顔に翳りが見えた。
なんだ、ティムローの奴、朝採りとか言いながら、腐った実でも送りつけてきたのか?
「こちらです」
ノーマ達とロビーに出ると、ど真ん中に昨日見た銅像と同じ大きさのブドウが一房、鎮座していた。
銅像と違うのは、その色が透明感のある薄い緑だということ。まさにマスカットグリーンだ。
それにしても一体何キロあるんだろう?俺の見立てだと、一粒でデザート三十人前はいけそうだ。
「触ってみて下さい」
エルブジに促されるまま、実の表面にそっと手のひらを当てた。万が一にも潰さないようにと考慮しての力加減だったが、思いの外その表面は、硬かった。
弾力もほとんど感じられない。ギュッと締まっている感だ。
なるほど、これは…
「どうも少しばかり若い実のように感じるのですが」
「そうだな…アルページュ!」
既にアルページュはナイフを手にしている。
ナイフをクルリと逆手に持ち変えると、アルページュは躊躇なくそれをサクリと実に突き刺した。
「ふうん…」
突き刺した感触で何かを悟ったのか、アルページュはそのままナイフをぐるりと回して、皮ごと果実を円錐状に切り出した。
それを口に運び、サクリ、とかじる。
「へえ」
感心したように漏らした。
「これってまだ完熟してない実じゃないですか」
さすがにノーマは見ただけで分かったようだ。
アルページュが果実を差し出すと、ノーマが反射的にそれにかじりついた。
瞬間、唇をすぼめる。
「やっぱひ、まらすこひすっぱひ!あいふゅら、ころもみたひな嫌がらへして!」
なるほどまだ酸味が残っていると…
「へえ…」
ノーマは嫌がらせと言っていたが、もしこれを判ってて送ってきたのだとしたら….
「意外とやるじゃないか。あのインテリメガネ」
「そうね」
「え?」
「大丈夫よノーマ、これでいいの。さあ、運んで頂戴。そうだ。その子は私が預かっておくわ」
「…大丈夫」
二ヘラ顔で迫るアルページュから遠ざけるようにポーちゃんを脇に抱え直すと、ノーマは、
「ふん!」
と気合い一発、片手でブドウを持ち上げた。
ノーマが持ち上げたブドウを意味なく回転させ始め、慌ててエルブジが止めに入った時、調度ラサイが皮袋を抱えて帰ってきた。
「ちょっと何遊んでんの?人が朝っぱらから転移してきたっていうのに」
「あら、おかえりラサイ」
「ありがとうラサイ。お使い頼んで悪かったな」
「ほんとよ。あんな草原のど真ん中の魔女の家に初見で転移なんて、難易度高すぎ」
ラサイには、ヒシャの所へカードを取りに行ってもらっていたのだ。
「それで、カードは?」
「あ、それなんだけど」
ラサイが皮袋の口紐を解いた。
「きっとイオリはこっちのが喜ぶはず!ってミラちゃんが」
「うわあー!良い香り!」
「ブヒヒ!」
ノーマとポーちゃんが同じ反応をした。
広がったのは、爽やかな、りんごにも似た、酸味の香り。
「え?まさか?」
中には純白の水々しい半固形物がたっぷりと入っている。
「えーと、なんて言ってたかな…たしか…」
この香り、カードじゃない。これは…
「嫁狂い!」
「いや、ヨーグルト!」
すかさずアルページュが指でそれを掬って、口に運んだ。
「ほんとだわ。これ、ヨーグルトよ」
「作れたのか?」
「あ、魔女さんが、ミラと色々試してたら出来ちゃった!て言ってましたよ」
そんな軽いもんじゃないだろ。
過去の挑戦では上手くいかなかったと聞いていたのに。天然の乳酸菌からそれに辿りついたんだ。おそらくかなりの試行錯誤を繰り返したはずだ。
それにしても今回のカードの使い道は別に伝えてなかったんだけどな。
「ラサイ、こっちの事情って伝えたのか?」
「ええ、ざっくりだけど」
それで俺が何をしようとしているか読んで、ヨーグルトを送ってくれた、と。
侮れないな、発酵少女隊。
「これでかなり理想的な仕込みができるな」
「そうね。まずはお肉から始めようかしら」
「何が出来るか、めっちゃ楽しみです!」
「ブヒ!」
うん、なかなか良い料理ができそうだ。
俺はティムローのメガネが、感情の暴走で弾け飛ぶシーンを思い浮かべていた。




