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観葉植物の影からそっと覗き込むと、あれほど落ち着いた雰囲気だったロビーが、ベルカントの市場並みの喧騒で満たされていた。
「だからあ、セプティム村の娘達が泊まってるっしょ!隠したって無駄だからな」
どうもフロント前に並んだ十人程の男達が、大声で騒いでいるようだ。
若くて、屈強な身体つきの者が目立つ。
「ね、間違いないでしょ」
俺の真下に顔を出したラサイが、その真下に顔を出しているノーマに声をかけた。
「ほんとだ…いったいどこから嗅ぎつけたの?…」
ノーマは言葉の最後にギリッ、と歯軋りを付け加えた。
「何者なんだ?」
「ポラーゴ村の青年団の連中です」
「ティムローの取巻き」
なるほどね…
「大変申し訳ございません。見ず知らずの方に大切なお客様の部屋番号をお教えするわけにはいきません。どうぞお引き取り下さい」
あのフロントマンの鏡が対応をしていた。
その凛とした態度、ピンと張った背筋、素晴らしいホテルマンスキルだ。
だが、ポラーゴ村民にはそんな彼の気概は無効化だった。
「いいから教えろって、俺達ははるばるあの娘っこ達を迎えに来たんだから」
先頭に立っていたひと際背の高い男が、フロント台に手を叩きつけながら、フロントマンに顔をずいと近付けた。
「いえ、ですから…」
迫力に押されたフロントマンが後退りする。
負けるな、君!
「あいつら、何やってんの!」
「待ってノーマ!」
飛び出しそうになったノーマの肩を、ラサイが押さえつけた。
なるほど、ノーマを制するとはラサイもやはり転移竜だけの事はある。
「ごめんなさあい。耳障りな声がうるさくて眠れないんだけど」
花が風で散るように、声がロビーに舞った。
「…アルページュ?」
いつの間にか、ロビーを見下ろす階段の踊り場にアルページュが立っていた。
その光る金髪をふわりとそよがせながら。
透き通るように白く細い指を、薔薇色の唇にあてがいながら。
シルクのネグリジェ姿で…
背後からの照明が透過して、そのしなやかな肢体をシルエットで浮かび上がらせていた。
「…アルベージュ…」
ノーマは目を伏せて眉間に手をあてたが、村民達はそれとは違う反応をみせた。
「…き、綺麗だ…」
「ま、眩しい…」
全員で細めた目は、照明のせいなのか…
「て、天使か?」
「いや、女神だろ…」
多分そんないいものではないと思いますよ。
そうだな、どちらかというと、なんだろう?なんと言えばいいのか…
「これはこれは、なんて美しいお嬢さまだ」
男達の中心で声が上がると、周りの男達がさっと避けて、頭を下げながら声の主に道を開けた。
その卑屈な態度、ぐにゃりと曲げた背筋、素晴らしい取り巻きスキルだ。
歩み出てきたのは、ひょろりと細くて背の高い、神経質そうな眼鏡顔の男だった。
秒も要らない。一目で分かる。
こいつがティムローだ。
「仲間がお騒がせして申し訳ございません」
言葉では謝っているが、ティムローは一ミリも頭を下げず、それどころか少し胸を張るようにしてアルページュを見上げた。
アルページュの目が、少し細まった。
「私達はこのホテルに滞在している私の大事な方をお迎えに来ただけなのですよ。しかしこのホテルのフロントが私達を怪しい者呼ばわりして邪魔をするので、少し注意をしていたところなのです」
この時間に大勢で押しかけて、充分怪しい者じゃないか…
「充分怪しいよね?」
「怪しすぎるわよ…」
ラサイとノーマが俺と同じ反応をした。
「充分怪しいと存じ上げますが…」
いいぞ、フロントマン!
「なんだと、おい!」
先程の背の高い男が凄んだ。
フロントマンが呆れ顔を横にして、ため息を吐いた。
彼には後でチップを弾んでおこう。
「なるほどあなたがノーマの言ってた人ね」
「おお!まさかあなたノーマのお連れ様でしたか。これは丁度良かった。どうぞノーマと共に私の村へお越しください。あなたほどの美しい方なら大歓迎です!」
アルページュの目が、更に細まった。
もう、ねめつけている状態だ。
「…いけすかないわね」
言葉に出てるぞ、アルページュ…
「申し訳ないのだけれど、あなたのような人にノーマを引き渡すわけにはいかないわ」
「何を言ってるんですか?」
「どうしてもというのなら…」
アルページュは顎をクイと上げて、見下すような目をティムローに向けると、薄笑いを浮かべた。
「私を倒してからにしなさい!」
へ?
「へ?」
「へ?」
ラサイとノーマが俺と同じ反応をした。
「あの…イオリ様…」
顔は見えなかったが、ノーマが額に汗を浮かべているのは手に取るように分かった。
「いったい何を言っているんですか?あの小悪魔は?」
あ、それそれ、それだ!




