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低能な料理番  作者: ミツル
第四章 帝国の美魔女

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「少しだけ、昔話をしてもいいですか?」


 ノーマは視線を俺から外して、少し遠い目を宙に向けた。

 

 まだその瞳は潤んで、いるように見えた。


『私今は発情期ではないので!そういうの全然平気です!』

 以前俺の部屋に泊まった時の、あのあっけらかんとした態度とはまるで違う。


「あの、イオリ様?大丈夫ですか?」

「あ、ああ、もちろん!聞きたいな…昔話、わりと好きなんだ」

 

 俺は何を言ってるんだろう。


「私がお城で働き始めてすぐの頃の話なんですけど…」


 ノーマが思い出を噛み忌めるように目を閉じた。

 長いまつ毛が、閉じた瞼を可愛く見せる。


「エルブジ様から、あるお客様のお世話をするように言われたんです。長期滞在のお客様だから、ずっとお付きとして仕事をしなさいと…」

「…それって、まだ小さい頃だろ?大変だったんじゃないのか?」

 

 正直話の内容にはあまり興味を感じていなかった。

 ただノーマに見とれて話を聞いていないと悟られるのが嫌で、聞き返した言葉だった。


「それが全然大変じゃなかったんですよ」

 ノーマはとても楽しそうに言った。


 これはきっとノーマにとって、とても大切な思い出なのだ。とその態度で悟った。

 

 悟って、真剣に聞いていなかった自分を恥じた。


「じゃあその人は、いい人だったんだな?」


「はい。とても、とてもいい人でした」

 

 誇らしげな声、誇らしげな表情。

 

 俺は、まっすぐに受け止めて聞くべきだと、そう感じた。


「ふうん。どんな人?」


 質問に、ノーマが少し考え込んだ。

 返答に困ったように…


「…その方は、ご年配の女性でした。お年を感じない元気な方で、とてもよく動く方でした。お飲み物をご用意しましょうか?と聞けば、あら、さっきお水を汲んできたわ。お召し物をお持ちしましょうか?と聞けば、さっき着替えたばかりだから大丈夫よ。て感じで」

「それじゃノーマがする事が無いじゃないか」

「そうなんです。私が何かしようとすると、全部終わっちゃってるんですから」


 ノーマがサイドテーブルの水差しに手を伸ばして、コップに水を注いだ。俺の分を差し出してくる。

 そういえば、緊張で喉がカラカラだった。


「ありがとう」


 飲み干したコップを返すと、ノーマはそのコップに再び水を注ぎ、今度は自分で一気に飲み干した。


「でも私、それが嫌で。だって、子供だからお世話が出来ないと思われてるんだと感じちゃって…それである時…」

「爆発した、とか?」

「はい!爆発しました。見事に。わんわん泣きじゃくりながら、なんで私にお仕事させてくれないんだ!ってそれこそ部屋中に響き渡る声で…」

「部屋中に感情をまき散らしながら?」

「…良く分かりましたね」


 良く分かる。手に取るように分かる。


「それで、その人はどうしたんだ?」

「そっと、頭を撫でてくれました。少しだけ困った顔で。でも優しく。そっと」


 ノーマの顔が、思い出に安らいだ。


「そしてこう言ってくれたんです…」


『ごめんなさい。私は家族の世話ばかりしてきたものだから世話されるのにはほんとうに慣れてなくて、つい自分で。でもねぇノーマ、あなたはちゃんとお仕事をしてるわよ!」

『…してないよ。私…』

『そんなことないわよ。ずっと、一緒にいてくれてるじゃない』

『そんなの…』

『いーや、そうよ。子供わね、楽しそうな笑顔で傍にいるだけでも充分お仕事になるの。あなたがいてくれるおかげで、私は寂しくないわ。だから、笑顔でいて頂戴』


「やさしく、ずっと頭を撫でながら、私が泣き止むまで…さあ笑いなさい、て言いながら。泣き止むまで撫でるの止めないわよ、頭が剥げてもしらないわよ、て。私がつられて笑うと、最後は優しく抱き寄せてくれて、ありがとう、ノーマって…」


 今ノーマの頬を伝う涙は、その時の涙とは、違う理由で流れているのだろう。

 だから、今は泣き止まなくてもいい。


「後で聞いた話なんですけど、その方、お城に来たばかりで委縮して働いていた私を見かけて、エルブジに頼んでくれたみたいなんです。子供があんな顔してるのは気に入らない。私にあの子を任せてもらえないかしらって」

「すごい優しい人だな」

「はい。とても優しい、私の恩人です。だから…」


 ノーマが俺の肩にぽすんと頭を預けてきた。

 今度のは、ベッドが沈んだからでは、ない。


「…ノーマ」


 涙が止まった瞳はまだ潤んでいる。

 少し震える唇は、撫子色に染まっている。


「その人に頼まれたことは、守りたいんです」


 え?それと今のこれがどう繋がる?


 だが俺の疑問は、

「ノーマごめん、お取込み中」

というラサイの声で吹っ飛ばされた。


「うわ!」

 ラサイの声は、同時に肩にかかっていたノーマの重みも吹っ飛ばした。


「な、なによラサイ!ノック位してよ…」

 ノーマの声にはちょっとだけ殺気が含まれていた。


「ごめん、鍵が開いてたもんだから…」

 にしても俺の部屋にノーマがいる事が分かっていたわけだから、確信犯だろ。


「で?何?」

 ラサイの眉間に、深い溝が浮かんでいた。

「お客様よ、ノーマに…」

「え?」

()()()下に来てるわ。ノーマに会いたいって…」


「はああ?」

 ノーマの声には明らかな殺気が含まれていた。


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