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俺は、自分の現状をノーマに話した。
事故の事、怪我の事、そしてそれが原因で俺は今、料理人として低能この上ないというその事実を…
ノーマは静かに俺の話を聞いていた。あまり表情を変えることなく、しかし話を聞き終わった頃には俯いたまま、なんの反応もしなくなった。
「…まぁこれが、薪会の仕事を断った、もう一つの、いや、本当の理由だよ。俺には、もう人に出す料理なんて作れない」
ノーマは無言のままだ。優しい娘だ。少なからずショックを受けているのかもしれない。俺にかける同情の言葉でも探しているのだろうか?
だが直ぐにノーマは顔を上げた。
微笑みながら。
「何つまらない事言ってるんですか?」
「は?」
「そんな事くらいで、料理人でなくなっちゃうんですか?」
あっけらかんとした言葉に、逆に驚いた。
「いや、でも味が…」
「この皿を見てください!」
ノーマはつまんだフォークで皿の端を叩いた。
キン!と澄んだ音が響く。
「一瞬で空っぽですよ!こんな美味しいパスタ初めて食べました!そもそも私が感情を飛ばしちゃうほど感動した料理ですよ!」
「あ、まぁ、そうだけど」
フン!と鼻息を鳴らしてノーマが立ちあがった。両手を腰に当てて、仁王立ちで俺を睨みつけてきた。
「こんな料理を作れる人が、なんで無能な料理人なんですか?大体なんです?味が分かんない位でクヨクヨクヨ情けない!イオリ様は今までずっと料理が好きで、ずっと修行してきたのでしょう!さっきの料理している姿を見れば、どれだけ料理が好きかくらいわかりますよ!」
ここに来てノーマのテンションは最高潮に達しているようだった。
「まぁ、そりゃ少しはハンデかもしれないですが…」
少し?なのかなぁ?
「でも料理って、気持ちで作るものなのでしょう?」
「!」
その言葉に、息が止まった。
そして俺の中に、幼い頃の記憶が蘇ってきた。
俺は台所に立つばあさんを傍で見上げていた。
ばあさんはいつもにこにこ笑いながら料理をしていた。その顔が好きだった。
『ねぇばあちゃん、俺にもばあちゃんみたいな美味しいごはん作れる?』
『もちろん』
『でも俺、作り方あんまり知らないし、手だってまだちっちゃいから包丁もうまく持てないし…』
『そりゃあ作り方を勉強したり、材料の切り方を練習したりするのは大事だけど、それは後からいくらでも出来る事だから。それよりも美味しい料理を作りたい、食べさせてあげたい、っていう気持ちの方が大事。だからね…』
ばあさんは俺の頭に手のひらをぽすん、と置いた。
『美味しい料理てのはね、気持ちで作るもんなんだ』
その時のばあさんの笑顔と、ノーマの笑顔が一瞬ダブって見えた。
「私、確信しました」
「何を?」
「やっぱり薪会の料理を作れるのは、イオリ様をおいて他にいません!」
「いや、だけど」
「他に、いません!」
ノーマはカウンターに乗り上げるようにして顔を超至近距離に近づけてきた。
近い近い!正面からは反則だ!どうする、ちょっと体を前に出せば、そのふっくらと柔らかい唇に触れることも可能だが。あーいっそ明日死ぬとかそんな状況だったら決心がつくのに!
そんな邪な葛藤を抱いた時だった、それを溶かし去る声が、店内に響いた。
「おい、イオリ、お前何してんだ」
甘酸っぱい焦りの汗が、ゼロ時間で冷汗と脂汗に変化した。




