ちょっと贅沢してみた
永禄九年(1566)1月
新年が明けた。寒さは今がピークであるが、御所の中は幾分暖かいようだ。
これが温度も体感できるゲームなら、現代の冷暖房の素晴らしさを実感できただろうが、今の私には温度も味覚も分からない。
ついでに言えば、眠気も便意も催さない。
まあ、余談はこの位にして、今日は元旦。豪華な料理がいつもより大きな膳に並ぶ。
兼定に聞いたが、節供と呼ばれるお供え物を後でみんなで頂くそうで、豪華なおせち料理というものは、まだ存在していないようだ。
それでも、天下の大大名であり、質素を美徳としない公家の一条家である。
とっても豪華な料理がこれでもかと並んでいる。
「今日は目出度い年の始めぞよ。昨年の幸福を感謝して、今年も良い年になるよう願って、まずは美味しいものをいただくぞよ。」
「では、御所様。まずは御神酒を一献。」
「有り難いでおじゃる。今年は松も秀も身重じゃから酒は飲めぬが、たんと美味いものを食べると良いぞよ。」
「ありがとうございます。ではまずは、お雅から好きな物を取りなさい。」
「はい、母上。」
「お雅もしっかりしてきたでおじゃるなあ。これはよい姫君になること間違いなしじゃぞ。」
「そうですわね。でも、もう少し、母に甘えていて欲しいです。」
「そうじゃの。まだ五年くらいはしっかりせずとも良いのではなかろうかの。」
「そうですね。でも、いつかは御所様のような聡明な子に育って欲しいです。」
「それは麿とお松の子じゃ。間違いない。それにしても、お峰は食が細いのかのう。」
「いいえ。好きなものなら際限なく食べます。今は蜜柑ばかりです。」
「それは、蜜柑の季節が終わったら大変じゃのう。」
「それにしても、今日は珍しいものが沢山あって、目移りしてしまいます。」
「そうであろう。中には今朝、漁師に取らせた魚もあるぞよ。」
「まあ、元旦ですのに?」
「そうじゃ。麿は偉いからのう。無理矢理働かせてやったでおじゃる。」
それはまた、ご無体な・・・
「でも、大晦日の夜に海に出ていたのでございましょう?」
「うむ。少し金を弾んだぞ。」
可愛い暴君だ。
子供たちも、見たことの無い料理に恐る恐る手を出している。
「昆布とか数の子とか、珍しいものは宍喰屋から買ったのじゃ。お金があれば、何でも出来る!」
うん、名言だ・・・
「それはそうと、正月は何して遊ぶのが良いと思うかのう?」
「歌留多か羽根突きでしょうか。」
「歌会もございますね。」
「そうじゃのう。しかし、皆身重ではのう・・・」
「では、後で神社にまいりましょうか。」
「そうじゃの。それがいいのう。」
午後からは、近くの神社に出かける。
正月早々、護衛の者も大変だ・・・
「何をお願いしたのじゃ?」
「もちろん、元気なお子が生まれるようにでございます。」
「私もです。」
「志東丸は何かお願いしたのかのう。」
「甘いお菓子をいっぱいいっぱい欲しいとお願いしました。」
「そうかそうか。叶うとと良いのう。お鞠は・・・きっと手を合わせていただけじゃのう。」
「手をパンパンしました。」
「そうよの。神様もきっとお鞠のパンパンは聞こえたと思うぞよ。」
『少将は特に何も願って無かったな。』
『あまり望みは無いのう。手に入れられる物は意外に簡単に手に入るからのう。』
『関白とかじゃないのか?』
『以前は欲しかったぞよ。でも、今の暮らしの方が気楽じゃし、贅沢もできるぞよ。関白と言っても結構暮らし向きは苦しいからのう。』
『確かに、位を極めても、今の都では大した暮らしはできんな。』
『そうであろう?皆が馬鹿にする土佐での暮らしの方が良いとは、何とも皮肉なものじゃ。』
『まあ、都の四方山事を抱え込まずに済むだけでも、こっちの方が楽だな。』
『それにしても、神より悪霊の方が御利益があるというのも、不思議じゃのう。』
『それは中将が悪霊と勘違いしているだけで、神だからな。』
『まあ、良い事が続くなら、どっちでも良いぞよ。』
家族揃って御所まで帰る元旦の夕暮れ。いい風景だ。




