また、実る秋
毎年、ちょっとした洪水には見舞われるものの、今年も例年並みの収穫があったようだ。
そして、お松とお秀がともに懐妊した。お松は何と五人目である。
まあ、庶民なら七人くらいは当たり前なのだろうが・・・
そして、今年から茶の販売が本格化し、蜜柑や清酒、鰹節といった産物も大幅に生産量が増えた。
このため、近頃は堺の宍喰屋も定期的に中村を訪れるようになった。
そして、町は収穫の喜びと同時に、落ち着いた雰囲気もある。
これは大規模な戦を予定していないからであり、民はそういった空気に敏感である。
ただし、長宗我部は島嶼部に攻め込む予定で、既に土佐や阿波、淡路の水軍が屋島に集結している。
まず、水軍が長宗我部軍を小豆島に渡し、次いで豊島、小豊島を制圧の後、塩飽諸島を水軍中心に攻めるようだ。
鉄砲もかなり装備しているし、負けることはないだろう。
占領後はいずれも長宗我部領となる予定である。
そして、これから農閑期を迎えるに当たって、領内全域で堤防の建設と街道整備が行われる。
これは、近隣の百姓を動員するので、各所で同時多発的に工事が行われる。
何だか、年度末の道路工事みたいだ。
堤防については、伊予川北岸、石手川(松山市)西岸、吉野川河口部南岸、鏡川北岸、久万川南岸(高知市)を優先して行う。
そして、瀬戸内での塩田開発も本格化する頃合いだ。
これは、大きな資金源であると同時に、海岸防衛施設でもある。
四国の海岸線全てを防衛することはできないが、敵の進軍経路は基本的に瀬戸内の島伝いであることが考えられる。
そして上陸地点は砂浜だ。
加えて、揚浜式塩田も砂浜で行うものであり、甲冑を着た者達にとっては移動の妨げになるのだ。
こういった施設を整備することで、敵の進軍経路を限定すれば、寡兵でも幾分守りやすいだろう。
そして、勝山(松山)城の整備も大きく進んだ。
城郭の南から西に掛けて規模の大きい堀を設け、土砂を城地の嵩上げに使った。
水は道後から流れてくる石手川から導水し、西側から灌漑用水として排水するよう設計した。
さらに、安太衆による石垣の構築も始まっており、この時代ではかなり先進的な城郭になるだろう。
そして、城が完成したら、ここが一条家の本拠となる。
そして、軍備の方だが、一領具足用の簡易な甲冑については、該当者にほぼ行き渡った。
鉄砲も約二千丁、大砲も三十門が配備された。
狼煙台についても、既存の物を活用することも含めて、箇所選定中である。
そして、今日は宍喰屋徳兵衛が商談で訪れている。
「いやあ、いつもご贔屓にしてくださり、助かりますわ。」
「これは宍喰屋殿。今回も良い商いを期待しているでおじゃるよ。」
「それはもう。今や一条はんは四国の主。手前はそのただ一つの出入り商人にございます。これからもよろしゅう頼みまっせ。」
芸人さんみたいな人だな・・・
「それで、米の方はいかほどじゃ?」
「それが戦続きで、いくらあっても良いのでございます。値もきっと満足いただると思いはりますわ。」
「分かったぞよ。それと茶については、どんな評判かのう。」
「一条はんが、最高級品を敢えて中級品並の値にしてくれたお陰で、評判は上々ですわ。確かに品質は宇治に負けますが、値が安い割に物が良いでっしゃろ。よう売れてはりますわ。」
「それは良かったぞよ。そのうち質も量も上がるゆえ、期待してよいぞよ。」
「ありがとうございます。それに、これから蜜柑の季節ですが、出来はどうでっしゃろ。」
「例年通りじゃし、量は昨年より増える見込みぞよ。」
「ありがたい話で。そちらも是非、よろしゅう。」
「もちろんじゃ。後は塩と銅、酒、紙、鰹節、売りたい物が目白押しでの。こちらもちょっとばかり色を付けてくれると嬉しいぞよ。」
「毎度あり、ですな。それで一条はん、欲しい物は何かありまへんか?」
「こちらは鉄と鉛、硫黄が足りぬの。後は京の着物を妻達に所望するぞよ。」
「では、今お持ちしております反物をご覧いただいて、それを後日お持ちするということで、どうでっしゃろ。」
「分かったぞよ。では、妻達を呼んでくるゆえ、ゆるりとしてたもれ。」
『こってこてだな。』
『うん?ああいうのをこってこてと言うのか?』
『もっと偉い人には畏まるものだが、あの者は以前から全く変わらんな。』
『麿も堺の商人は何人か知っておるが、皆、あんなもんじゃぞ。』
『やはり、商人はいろいろ自由なものなんだな。』
『まあ、金に縛られておる以外は、そうでおじゃるな。』
『中将のくせに、上手いことを言うな。』
『うん?麿が何か上手いことを言ったかの?』
『ああ。最近、この噛み合わなさ加減が、心地良くなってきた。』
『やはり、違う世界の者の考えは、よう分からんの。』
それは、お互い様だ。




