政情が変化する
夏になり、足利義輝が三好三人衆や松永久秀らによって討たれたとの知らせがあった。
将軍家は、三好長慶の時代から対立と和睦を繰り返していたが、特にここ数年は各地の大名と誼を結び、独自路線を歩み始めていた。
これに長慶死後の影響低下を懸念する三好側が過剰に反応した結果だろうが、もたらした影響は大きい。
また彼らは、かねてから対立関係にあった近衛や久我といった公家にも、兵を起こす動きを見せたが、帝の取りなしによって、それは避けられた。
しかし、先の一条邸での動きとともに、三好が朝廷からの支持を大きく失ったことは間違いない。
そして、我らが土佐一条家の禁裏での評価は絶賛爆上がり中である。
ついこの間までは、「一条の姓を名乗る山猿」程度の認識だったのが、「悪逆非道の三好を破る実力者」に格上げされたらしい。
更には、当家が軍勢を率いて上洛し、三好を一掃させれば、といった話をする者まで現れる始末だとか。
彼らの見事な手のひら返しには驚くが、本家も近衛家とさらに緊密になったようで、総領様もお喜びのようだ。
まあ、それだけ秩序を重んじる朝廷にとってはショッキングな出来事だったのだろう。
また、覚慶(足利義昭)も興福寺に幽閉されているという噂である。
後継には、足利義栄という話もあるが、これも流動的である。
その三好を攻めるはずの周辺勢力であるが、六角氏は重臣、後藤賢豊殺害の余波で家中がまとまらず、とても戦ができるような状況ではないし、畠山も単独では三好に対抗できない。
かといって三好も一枚岩ではなく、結果的に戦闘には発展していない状況だ。
そんな中、都では、有力大名が上洛して政情を安定化させて欲しいという世論が沸き起こっているのだそうだ。
それが誰かは喧々諤々のようだが、一条を押す声も当然あるだろう。
また、中国地方でも大きな動きがあり、毛利氏が尼子氏の本拠、月山富田城を包囲したとのこと。
援軍が無い以上、どんな城でも兵糧が無ければいつかは落ちる。
これで山陰の趨勢は決まり、今後の動向から目が離せなくなったと言える。
「というのが現在の状況でございます。今の所、当家を狙う勢力もございませんし、当家が攻め込めるような隙のある勢力もおりません。」
「当家には現在、二つの選択肢があるでおじゃる。一つは、このまま四国に引きこもってどこにも出て行かないというもの。もう一つは、現状で敵対している三好を追い込むため、畿内に進出する選択でおじゃる。しかし、これ以上の戦は何かと危険じゃし、四国を固く守れば、そう簡単に負けはせぬ。わざわざ畿内の問題に首を突っ込む意義を感じないでおじゃるよ。」
「それは、家臣の間で意見が分かれるでありましょうな。」
「その通りじゃ。皆、領地を拡げて良い暮らしがしたいじゃろうからのう。」
「しかも、淡路に兵を集結させることも、そこから明石に渡ることも、比較的容易にございます。」
「そうじゃの。三好にしても別所にしても、我々から見ればそれほど難敵では無いぞよ。しかし、問題は攻め勝つことではなく、その後、それを維持できるかどうかじゃ。何かあったときにいちいち四国から援軍を出しているようでは、領地は疲弊する一方じゃ。」
「まさしく、御所様のおっしゃるような状況に追い込まれると思いまする。」
「それが隙というものじゃ。そこを毛利が衝いてきたとき、それこそ当家存亡の危機じゃ。そこまでせんといかんとは思わぬぞよ。」
「そのとおりですな。」
「もちろん、単に領地を増やそうと思うなら、今すぐ播磨か備前あたりに上陸すれば良いし、毛利や織田が出てくれば、もうそれは叶わぬというのは、皆と同じ見立てじゃ。」
「では、これからいかがいたしますか?」
「引き続き、間者を多く放ち、状況は掴んでおく必要があるでおじゃる。もちろん、領内もな。その上で、状況が許せば、進出もあり得るが、今の状況が続くなら、内政に専念するでおじゃる。」
「御意。」
『麿もこれ以上の領地は望んでおらんぞよ。』
『天下を取るつもりなら、間髪入れずに攻めるべきだが。』
『そんなものいらんぞよ。そちも面倒なだけと言っておったろう。』
『ああ言った。今でもそう思っている。ただ、少将の考えを確認したかっただけだ。』
『麿はもう、戦はいいぞよ・・・』
『そうだな。ただし、天下を取らないということは、誰かの指示や考えに従い続けるということだ。そこは分かって欲しい。』
『麿はどこまで行っても帝の臣よ。それに、どんなに強くなっても家臣に気を配らねばならんのであろう?』
『そうだな。領地が増えれば仕事も面倒事も増えるな。』
『四国だけでも大変なのじゃぞ?』
『その通りだ。』
『しかし、何故麿の気持ちを確かめたでおじゃるか?』
『天下が欲しければ今動くしか無い。どんなに優れた人間でも、機会を逃せば成功しない。少将にその意志の有無を確かめただけだ。』
『麿をもってしても、天下は掴めぬか・・・』
『まあ、その性格なら、生き残ることはできるんじゃないか?』
『何か、公家のような言い回しをするのう。今更怒ったりはせぬが・・・』
コイツの知力、伸びてきてないか?
ちなみに、程なくして朝廷から「左近衛中将」の役職をもらった。




