飴と鞭
中村に帰って来た兼定は、宗珊に今回の論功行賞案を提示した。
まず、阿波は三好、大西、重清、一宮、篠原、細川、伊沢、赤澤らが、讃岐では奈良、香西、十河、植田、淡路では安宅氏を改易し、安富は東讃守護代から一被官へ、羽床も領地を綾川以南のみと大幅に削られた。
逆に、香川、寒川、海部、東條やその麾下については本領安堵とした。
これに伴い、讃岐の那珂、鵜足、阿野、香川四郡は長宗我部領として、これまでの長岡郡、土佐郡、伊予国内の領地から加増転封とした。
そして讃岐山田郡は片岡氏の領地とし、安富氏を配下に、三木郡は津野氏の領地とした。
阿波については、三好、名東、板野、那賀の四郡を一条領とし、名西、麻植、美馬の三郡は安芸氏に、安芸郡及び伊予宇摩郡から加増転封。
阿波郡を香宗我部、勝浦郡を土居宗珊に与えた。
そして、伊予国内についても整理し、これまで安芸の被官だった宇摩郡の石川氏を直臣に、新居郡は全て金子氏に、周敷、桑村の二郡は全て黒川氏に、伊予、喜多の二郡を宇都宮領とし、越智、野間、風早、和家、温泉、久米の六郡を一条家直轄とした。
そして淡路については、津名郡を直轄、三原郡を土居清宗に与えた。
旧土居領については、伊予守護家を転封させた。隣も河野なので紛らわしい。
大まかなところは以上のとおりだが、他の国人衆についても報奨金を出すことにした。
土佐については、宇和郡を除いて一条家の直轄領となった。
また、香西親子、十河存保、大西一族、重清長政、七条兼仲、一宮成祐らは一条家預かりとした。
全体的に大盤振る舞いだが、実際に論功を差配してみると、父祖伝来の土地から転封させる困難さを改めて実感した。
史実でも石高を倍増させて移封した例は多くあるが、そのくらいしないと動いてくれないのである。
しかし、一条にとって最大の脅威である長宗我部を遠ざけ、その長年のライバルである安芸を他国に配置できたことは大きい。
また、それ以上に一条直轄領が地理的にまとまったことで、統治しやすくなったことは大きい。
まあ、家臣の数は絶望的に足りないが・・・
また、海賊衆も淡路については陸上拠点を抑えたことで、ほぼ支配下に収めたとみていいし、撫養や海部の者も当家の支配下に入れた。
今後は、既存の水軍も含め全て一条家の直轄軍兵として取り立て、海賊では無い、純粋な海上戦力に育てていくつもりだ。
この案を宗珊に提示したところ、妥当とのことだったので、各家宛に即日書状を発した。
そして、まだ支配下に置いていない小豆島、塩飽諸島、家島諸島については、切り取り自由と長宗我部に指示したので、彼らが程なく交渉を開始することだろう。
『これで一先ず一件落着でおじゃるな。』
『そうだな。三好の混乱に乗じたとは言え、これ以上無い結果だ。』
『さて、攻め取ったは良いが、三好の報復があった時に守り切れるかのう。』
『それは以前、阿波で話したとおりだ。これから三好三人衆と松永久秀らの一派が抗争を本格化させる。しかも、三人衆に近い篠原長房や三好笑岩はおらず、三好義継、長治らも阿波の地盤を失って松永に対抗するだけで精一杯だろう。四国に執着の強い重鎮が既に消えているのは我が軍にとっては幸運だ。』
『阿波生まれの孫四郎(長逸)と宗渭(政康)くらいのものか?』
『そうだな。今、奴らの下にいる四国兵も離脱していくんじゃ無いか?』
『そうかも知れぬのう。そうすれば泥沼よのう。しかし、攻めてこない保証はないぞよ。』
『確かにそうだが、畿内の兵より阿波の兵が強いのは、長年に亘る常識だ。しかも淡路水軍も押さえたし、そう簡単には来られないだろう。』
『しかし、重清、七条、一宮といった阿波の剛の者は、全て土佐に連れてきてしもうたぞ。』
『阿波の国人衆が裏切りにくくなったと考えれば、悪い話ではないぞ。』
『まあ、そうとも言うが・・・』
『しかも、阿波・讃岐の兵にとっては、畿内まで行って戦う必要も、長い戦働きをしても、一向に領地が増えないといったことが無くなるのだから、良いことずくめだと思うぞ。』
『確かに、三好は四国では領地を拡げておらんかったの。』
『それに加えて、香川、寒川、海部といった当家に従った家と奈良、香西、安富、大西とは明暗を分けたし、数年前まで敵だった伊予衆でさえ、今は皆いい思いをしている。こういった公明正大さを前面に出せば、当家の方が三好より仕え甲斐のある主だと見えることだろう。』
『随分、都合の良い解釈に見えるがのう。』
『都合がいいかどうかは重要じゃない。こういった利点を示して讃岐と阿波衆をその気にさせることが肝要なのだ。物が言い様なら、どんどん言ってやれ。』
『確かにそうじゃな。』
『宗珊が文句一つ言わずに案を通した意味を考えるが良い。』
『さすが麿じゃな。』
『言うと思ったよ・・・』
しかし、何だかんだで、毛利ですら容易に攻め込めない勢力になれたのは大きい。




