大きなきっかけ
8月に入り、暑さも幾分和らいで来た頃、お秀が出産を迎え、元気な女の子を出産し、峰と名付けた。
「おうおうお秀、でかしたぞよ。良く頑張ったの。」
「御所様、ありがとうございます。やっとお家の役に立てました。」
「これで実家もさぞや安堵したことでおじゃろう。」
「特に女の子でほっと安堵しております。」
「うん?男ではいかんかったのか?」
「はい。御所様にはすでに男児がおりますゆえ。」
「そのようなこと、気に病むことは無いぞよ。当家は子が多くて喰いっぱくれるような貧乏ではないからの。例え家督を継ぐことがなくとも、お秀に子を蔑ろにはせぬ。安心いたせ。」
「ありがとうございます。とても嬉しく存じます。」
「それにしても、良い名ですね。」
「うむ。神に相談して決めたのじゃ。」
「まあ、それは松も羨ましく思います。」
「何じゃ。五人目が欲しゅうなったか?」
「秀ももっとお子が欲しゅう存じます。」
「では、お秀も五人を目指すぞよ。」
「お子の数は問いませんわ。」
「まあ、それはともかく、しばらくは夜泣きも大変じゃろう。乳母はいずれかより連れてくるとして、取りあえずはゆるりと休むのじゃ。」
「勘違いしてはなりませぬよ。妾はこの程度で休まないといけないほど、弱くはないのです!」
ツンだ。間違いない。
「分かっておるぞ。もちろん分かっておる。じゃがのう、お秀は頑張りすぎじゃ。たまには麿の言うとおり、ゆるりとして欲しいぞよ。」
「そう、なのですね。分かりました。御所様がそこまでおっしゃって下さるのなら・・・」
兼定、なかなかやるようになったじゃないか。
「それにしても、子が増えるというのは良いものですね。」
「松の言うとおりじゃ。そのうち、御所中稚児だらけにしてみせようぞ。」
「それは楽しみにございます。」
「しかし、二人とも身体が強くて有り難いぞよ。何せ命がけじゃからのう。」
「女子の一世一代の大仕事ですから。」
「全くそのとおりじゃ。二人とも、偉いぞよ。」
「御所様、至急ご報告したき儀がございます。」
「何じゃ若狭、たまにはゆっくりさせてはもらえんかのう。」
「それが、去る7月。三好伊賀守(長慶)逝去。更に、それに先立つ5月、安宅摂津守(冬康)、兄より死を賜ったとのことでございます。」
「何じゃと!長慶も冬康もおらんなったのかや。」
『三好の四兄弟がいなくなった。攻め時が来たということだ。』
『それは・・・いきなりじゃのう・・・』
「それで、誰が後を継いだのじゃ。」
「十河孫四郎の子孫六郎(三好義継)のようです。」
「しかし、直系では無い一族の重臣が仰山おったじゃろう。」
「はい。三好日向守(長逸)、下野守(政康)、山城守(笑岩)がおり、若年ではありますが、彦次郎(長治)、十河孫六郎、安宅甚太郎らがおります。その他に重臣として石成主税助(友通)、篠原右京進(長房)、松永弾正・右衛門親子らがおり、恐らく熾烈な争いになると思われます。」
「どう見ても二つか三つに割れるのう。」
「はい。しかもそれを抑えるべき管領家も先年から右京太夫(晴元)様、次郎(氏綱)様が相次いで亡くなっており、こちらも乱れております。」
「では、いつもの通り、収穫が終わり次第、出陣じゃ。それと弥三郎殿に、敵方の離反について最終確認させるのじゃ。多少、大盤振る舞いになっても良いぞよ。」
「はっ、畏まりました。」
『さっき子だくさんを喜んだばかりなのにのう・・・』
『三好と一条はそもそも状況が違う。要は万千代が元気でしっかりした大人に育てばいいだけだ。』
『そうよの。子が沢山いても、嫡男が揺るぎなければ良いのじゃの。』
『その点、京で一流の教養を身につけたという箔付けは大きい。』
『そうじゃ。三好よりはマシじゃった。』
『それに、兄弟の仲が良い家は繁栄する。毛利も島津も北条もそうだ。そして三好や朝倉は多いがゆえにまとまらずに沈んでいく。」
『越前の朝倉か?』
『最後は弾正殿に倒される運命だ。』
『しかし、万千代の代は大丈夫でも、分家が次々増えて行くと、諍いも増えるぞよ。』
『それは、歴代当主の力量次第だ。神懸かりと呼ばれているうちは心配無用だし、少将の孫の代には戦乱の世も終わっているだろう。』
『そうなることを祈っておるぞよ・・・』
戦乱の世の終わりを予感してはいるが、実はこれからが本番である。




