実り多き秋
秋も深まり、この地も随分過ごしやすくなった。
お松も無事出産を終え、元気な女の子を出産し、鞠姫と名付けられた。
また、お秀も懐妊が分かり、お目出度続きである。
そして今年は秋の実りも例年通りで、蓄えも収入も懸念が無い。
さらに、茶の品質も問題無いようで、来年からは良い収入源になるだろう。
蜜柑はまだ実入りが少なく、本格的な増収は数年先からになるようだ。
他方、夏に三好長慶の嫡男である孫次郎(義興)が亡くなったという話も入って来た。
病とのことだが、兼定と同年代である。
「御所様、この秋は戦をしないのですかな。」
「毎年戦では百姓も大変でおじゃろう。」
「しかし、安芸や長宗我部は戦を待ち望んでいるようですぞ。」
「まあ、彼らは去年の海賊平定には出兵しておらぬし、その前の大嵐の被害もほとんど受けておらぬからのう。」
「こちらはやっと兵糧の蓄えが元に戻っただけでございますからな。」
「毛利が攻めて来ても何とか持ちこたえる程度では、まだまだじゃ。」
「しかし、三好の混乱ぶりと統率力の衰えは顕著でございますし、彼らが前のめりになるのも頷けます。」
「三好は阿波や讃岐の兵力を存分に使い、畿内で勢力を振るってきた訳じゃが、それも無尽蔵では無かったということじゃ。しかし、それでもあれだけの領地を治めておるということは、決して侮れね。攻めるのであれば、有力者の寝返りなど、もう一つ良い材料が欲しいのう。」
「さすがは御所様。慎重でございまするな。」
「これまで麿は圧倒的な兵力を一度に使った短期決戦しかしたことはないぞよ。本山しかり、西園寺しかりじゃ。そして、多くの城主がそれを見てちらに寝返ったからこそ、損害と兵糧の消耗を抑え、連年の戦に耐えて来たのじゃ。このやり方を変えるつもりはないぞよ。」
「確かにおっしゃる通りにございますな。それに、毛利が信用に足りぬとなれば、伊予の兵を長期間前線に貼り付かせることが得策とは思えません。」
「そうじゃな。毛利とて、四国を攻めるなら大友と手切れ覚悟であろうが、今の毛利なら、両面作戦くらいできそうなだけの兵はおるからのう。」
「ええ、大友の下関上陸を阻止するだけであれば、十分可能と考えられます。」
「まあ、弥三郎には、最低でも大西と財田からは寝返りの確約を取るよう、密書を出すぞよ。」
「今はそれがようございます。ところで、お秀の方様については、おめでとうございます。そこ宗珊、とても安堵しております。」
「弥三郎にとっても良い知らせとなったの。」
「はい。これで長宗我部も一層、当家のために働いてくれることでございましょう。」
「それと、茶と蜜柑以外の産物についてはどうなっておる?」
「焼物については、御所様のお言いつけどおり、近江の信楽と備前の伊部に職工を送り、新たな器の製法を学ばせております。」
何を作るかというと茶碗を始めとする茶器である。
既に、武野紹鴎らによって茶の湯ブームは到来しているが、本当に加熱するのは信長以降である。
バブルが来ると分かっているなら全力で乗って、一儲けしてやろうという算段である。
「とにかく、どのような物が評価されるかを知る必要があるのう。」
「はい。それと、和紙についてもミツマタなどの作付けが増えましたので、間もなく増産できる見込みとなっております。」
「銅の生産は増えておるかのう。」
「白滝は順調です。別子については、何分山の中ですので、まだ鉱夫の数が揃っておりませんので、本格的に生産が増えるのは、今しばらくお待ち頂ければと思います。」
「あれはどれだけあっても売れるからのう。期待しておるぞよ。後は醤油と味噌じゃが、試作は進んでおるかのう。」
「はい。こちらも紀州湯浅の職人を招聘して試作を進めております。何とか3年を目処に生産ができればと考えております。」
「それと最近、綿を栽培する所が増えておると聞いたぞよ。」
「我が領内でも奨励いたしますか。」
「米に不適な所では一つの手じゃな。これも絣などにして売れば、かなりの利が出るはずじゃ。」
「そうですな。では、領内での綿の作付け具合について、調べてみましょう。」
「あくまで畑は食料を優先すべきじゃが、いろいろ選ぶ余地を持っていた方が、金を稼ぐには都合がよいからのう。」
「数年後の実りの秋が楽しみになってきますな。」
「そうよ。食い物以外ものう。」
「また、やることが沢山できてしまいました。」
「いつも忙しくさせて済まぬことよ。」
「まだまだ老骨に鞭打って頑張らせていただきますゆえ、何なりと。」
まあ、宗珊がいるうちは、一条も大丈夫なんだろうなあ・・・




