雪融け
いや、中村は温暖だ。
大陸からの季節風の影響で、高知県の中では平野部でも雪が降る方なのだが、普通は翌日に融ける程度のものである。
でも、雪が降らない地方の人たちにとっても、雪融けと言う言葉は春を連想させるものなのだ。
三月に入り、ついに毛利が出雲に侵攻し、尼子氏が窮地に立ったとの報が入った。
毛利氏はこれから、山陰は鳥取まで、山陽は岡山か倉敷近くまで勢力を伸ばしていくと思われるが、当主元就が領国の拡大より安定に力を注いでいくのでは無いかと予想している。
尼子こそ、必ず滅亡させるべき敵勢力と位置づけ、北九州は大内の支配下にあったこともあり、拘りはあるのだろうが、それ以外について、彼にとっては、歯向かう相手以外は放っておく傾向があると踏んでいる。
大友も毛利と和睦し、束の間の休日ではないが、内政に力を入れ、兵を休ませているようだ。
三好も畿内での政争に忙しく、一族のほとんどは四国にいない。
何せ、長慶自身がまだ四十歳そこそこである。
彼の子はまだみな若く、海千山千の公家や将軍家、複雑に入り乱れる家臣団を統率できるはずがない。
その一族や重臣もそれぞれが離合集散を繰り返しており、状況はカオスそのものである。
もうすぐ絶好の機会が訪れるだろう。
そんな中、一条家はのんびり春の陽気を楽しんでいる。
昨年は少しだけ戦をしたが、領内のほとんどの領主にとっては関係の無いものだった。
兼定も、春本番を迎えるまではそれほど忙しい訳では無い。
「万千代もすっかり大きくなったのう。」
「おちちうえ、万千代はもう、大人でおじゃるか?」
「そうよのう。おねしょをしなくなれば、大人よのう。」
「お秀に抱っこは、大人でおじゃるか?」
「麿も抱っこは好きぞよ。」
意味が違うだろ・・・
「こうして、皆が仲良く庭で桜を愛でるのは良いことでございますね。」
私は未だに旧暦と新暦の変換が頭の中でできないのだが・・・
「お秀もこちらに来て、白湯でもどうじゃ。」
「はい。」
秀は兼定、ではなく松の隣に座る。
でも、顔から怒気が消えただけマシとも言える。
一応、松や子供たちがいれば、兼定がいても大丈夫になったらしく、家中で密かに噂されていた不仲説やUMA説は消えつつある。
「お秀、これでは私が真ん中になってしまいます。やはり御所様が中央でなくてはなりませんよ。」
「そう、なのですか。申し訳ございません。」
「いや、いいのじゃ。気にせず休んでたもれ。」
「いいえ、奥方様がそうおっしゃるなら、そうすべきです。」
さすがはお松っちゃん。アンタが最強だ。
こうして三人は白湯を飲み始める。
志東丸を囲むように万千代と雅は庭で座って何かしている。
「こうして家族は少しづつ出来上がっていくものなのじゃ。」
「そうですね。御所様は戦場に赴くことも多いですので、せめて御所に居る時は、こうして心穏やかに過ごして欲しいと、いつも願っております。」
「家族、ですか・・・」
そういいつつも、お秀が嫁いで以来、ここまで穏やかなの、初めてじゃない?
「最初はぎこちなくとも良いのじゃ。そして、いずれはここにお腹の子と、お秀の子も加わるでおじゃる。」
「わ、妾の?」
「まあ、秀はまだ13じゃから、まだ慌てることはないがの。子ができると弥三郎殿も安堵するぞよ。」
「そ、そうでございますね。」
こういう子は、歩み寄らざるを得ない理由を作ってやった方が良い。
これはツンデレ研究が進んだ二十一世紀の教えである。本当に先輩諸氏は研究熱心だ。
現実の私は、それ以前にお近づきになることすらできなかったが。
「私は、お秀にも御所様が心穏やかに過ごすお手伝いをしていただきたいと思っております。」
「妾に、できますでしょうか。」
「できますとも。なたと私は全く違います。でも、違っていて良いのです。違うやり方で良いのです。子供たちと遊ぶあなたを見て、大丈夫だと確信していますよ。」
「そうじゃの。お秀は他に無い良さを持っておる。それはこんな麿でも良くわかるでおじゃる。」
「そう、なのですね・・・」
春の暖かい日差しの下、もう一つの雪融けが来ようとしている。
などと考えるのは、先走りすぎなのであろうか。
しかし、うぬぼれで無ければデレは近い。




