鋭い視線
さて、年の瀬も近づき、お秀の方と結婚して半年が過ぎた。
最初は取り付く島も無いくらい険悪だったが、最近は朝餉と夕餉には時々顔を出すようになっていた。
しかし、会話らしいものはあまりない。
正室お松や子供たちとはそこそこ良好な関係にあることが覗えるが、兼定とはサッパリである。
ただし、全く変化が無い訳では無い。
以前は御所の廊下ですれ違っても、兼定はいない者として扱われていたが、今は彼女がこちらを一瞥する。
まあ、私でもあれが好意的でないことくらいは分かる程度のものだが・・・
また、兼定の方にも若干の変化がある。
以前は廊下の向こうにお秀の気配があると、緊張で俯くか、可能なら方向転換して避けていたものだが、今ではちゃんとすれ違えるようになった。エラい!
「御所様、そろそろお秀の方様と仲睦まじくなっていただかないと、先方へ余計な心配を掛けてしまいます。」
「分かっておる。しかし、こればっかりは神懸かりな麿でも如何ともし難いぞよ。」
これはさすがに兼定に同情するし、宗珊が悪い。
「最初は武家から公家に嫁いだこともあり、参酌する余地もございましたが、さすがにこの半年、閨を共にしないどころか、誰もお二人でおられる所を見たことが無いというのはあんまりでございます。」
UMAかな?
「当家と長宗我部の絆は繁栄の柱であり象徴でございます。何卒、この宗珊の気持ちをお汲み取り下され。」
「分かっておる。それに麿の方が大人じゃからのう。何とかせねばならぬとは思うておる。しかしのう・・・あれほど明確に拒否されると、難しいぞよ。」
「そうですなあ。困りましたな。」
そんな話をした数日後、長宗我部家より、国親が体調を崩したとの知らせがあった。
そりゃあ、史実より長生きしてるもんね・・・
「ということでお秀よ。一度、見舞いがてら岡豊に行って参れ。」
「お断りいたします。妾は一条に嫁いだ身。そう簡単に実家に戻る訳にはまいりませぬ。」
嫁いではいたんだ・・・
「しかし、戦の最中ならともかく、今はそれほど忙しい訳では無い。宮内少輔殿も偉丈夫ではあるが、何分高齢じゃ。そなたが顔を出せば、また元気も出よう。」
「それでもお断りいたします。そのような生半可な覚悟でここに参った訳ではございませんし、侮っていただいては困ります。たとえ父と今生の別れとなろうとも、あるべき場を離れるつもりはございませんし、長宗我部はそのような惰弱な教えを娘に施す家ではございません。」
『のうのう、強情よのう。』
『まあ、お松の方も実家には戻ったことないからな。比べられたくないのでは?』
『いやあ。遠江守は壮健じゃし・・・』
「お秀よ。そなたの覚悟は麿も知ってはおるのじゃ。しかしの、此度は一条の家を代表してそなたに任せたいのじゃ。」
「それなら、ご家老衆のどなたかで結構でございます。」
「家老と妻は違うぞ。そなたの実家はともかく、この一条ではそうじゃ。しかも身内ともなればひとしおじゃ。そなたは実家とこの一条の橋渡しのために来たはずじゃ。ならば、ここで役目を果たさずしてどこでするつもりじゃ?」
「それは・・・いざという時はこの命を捨てても戦います。」
「一条は負けぬ。そなたと共に勝ち続ける。ならば、そのために必要な事はなんじゃ?よう考えて見るがよい。」
「・・・・」
彼女は立ち上がり、自室に帰ったが、二日後、旅支度をして岡豊に発った。
『此度はさすがに悪霊に感謝じゃ。』
『かなりいい台詞を吐いていたな。』
『悪霊様々よ・・・うん?もしかして、これは麿がいいこと言ったことになるのでは?』
『今更だな。』
『ムフフフ。麿、格好良かったであろう?』
『嫌われているのは、そういう所じゃないのか?』
『そんな訳なかろう。今頃、顔を赤くして惚れ直しているのでは無いかのう?』
だからドヤ顔するなって。
でもまあ、こういう所も兼定だ・・・
その後、国親の容態が思いの外思わしくなく、何度か文をやり取りし、落ち着くまで岡豊に滞在するよう命じた。
そして、闘病の甲斐空しく、明くる1月14日、国親は逝去する。




