夕食の風景に変化が・・・
さて、戦から帰って来たばかりの頃は、宴や事後処理などで忙しかったが、毛利の使者が帰ってくれてようやく一息ついた。
そんな家族団らんの一時であるが。あるのだが・・・
何とそこにお秀の方がいるではないか。
子供たちはそうでも無いが、兼定の緊張は伝わってくる。
『どうしたものかのう・・・何で居るのかのう・・・』
『妻だからじゃないか?』
『たわけたことを申せ!婚礼以来じゃぞ。』
『せっかくお松殿がお膳立てしてくれたのだ。ありがたく受けろ。』
『そうは言ってものう・・・こんなに緊張するのは三間の戦い以来じゃぞ。』
『妻相手にそこまで怖じ気づくことは無いだろう。』
『じゃが、今でもこちらを睨んで、ああ怖い怖い・・・』
「では御所様、いただくことにしましょう。」
「そうじゃな。では万千代も雅もいただだきますじゃの。」
「子は鎹」というが、実の母以外にも適用されるのだろうか?
「おちちうえ。このびんび(魚)とても美味でおじゃるなあ。」
最近の万千代は父の真似がブームである。
「そうよの。スズキはこの季節が一番美味しいのう。万千代は上手に食べることができるかのう。」
「麿は何でもできるでおじゃる。」
間違いない。コイツの子だ。
「雅は何か嫌いな食べ物はあるかの?」
「うめきらい。」
「すっぱいからのう。麿も口がキュッとなるぞよ。」
「キャハハハ。ととさまキュッ!」
「まあまあ、お食事はお上品にしないといけませんよ。」
「はーい。かかさま。」
お秀の方をチラ見すると、よく食べている。
公家はチョコチョコ食べるが、武家は掻き込む。
いや、さすがに姫様はそんな雑には食べないが、その気の強さは食べる姿にも現れている。
「そう言えば、此度の戦はいかがだったのでしょうか。」
「うむ。此度は戦場が狭く、大軍で攻めることができなかったからのう。麿も得意の馬術を披露する機会が望めぬゆえ、湯築で全軍の指揮を執っておっただけなのじゃ。」
「まあ、それでは御所様の神懸かったお姿を瀬戸の海賊にお見せする事ができなかったのでございますね。」
「まあ、いろいろな戦があるでおじゃる。さすがの麿も、船の戦はやったことがないでのう。」
「でも、負け知らずの御所様は、したことが無い海の戦でも勝ちました。」
「まあ、上出来ではあったの。僅か二日で瀬戸の海を我が物にできたからの。」
「このまま日の本が全て御所様の手に収まるかも知れませんね。」
「麿は朝臣におじゃる。将軍にはならぬでおじゃるよ。」
「そうですね。でも、妻としてとても鼻高々でございます。毛利の使者も、見事言い負かして追い返したとか。」
「たとえ毛利と言えど、今の一条は難敵ぞ。」
「そうですね。五年前ならともかく。でも、このまま大人しく引き下がってくれるでしょうか。」
「恐らくは来ぬ。そして時が経てば経つほど四国に来られないことが分かるであろう。」
「それは何故にございます?」
「我らが毛利を恐れたのは、一度に多くの兵が攻め込んでくるからじゃ。しかし、船が無ければそれは叶うまい。来島と能島がいなくなった今、船の数は以前の四割ほどしかあるまい。しかも船を大島に集めるのでは無く三原や因島からじゃ。そうなると数も足りぬし攻めづらいことこの上ない。毛利もそれにすぐ気付いて方針を変えてくるでおじゃろう。それが分からずに攻めてくるなら、大友や朝廷を動かせば良いのじゃ。」
「海賊を今から増やせば、また盛り返してくるのではないでしょうか。」
「そうならぬように関所を廃し、因島を干上がらせるのじゃ。それに海賊を千人増やすなら、足軽を増やした方が良いのう。」
「さすがでございます。」
「まあ、毛利が攻めてくるほど愚かなら、叩いておくのも一興じゃがの。」
「まあ、それは頼もしいことでございます。」
「そのための鉄砲と大筒じゃからの。いくら海賊と言えど、馬に比べれば的も大きく動きも遅い。来るなら迎え撃てば良いのじゃ。」
「出過ぎたことを申しました。」
「よいよい。お松も天下に名高き宇都宮の姫じゃ。そのくらい胆力があった方が麿も頼もしいぞよ。」
いつの間にか、万千代とお雅は秀と戯れている。
いつの間にあんなに仲良くなったのだろう。兼定はサッパリなのに・・・
この日、ついにお秀と言葉を交わすこと無く夕餉は終わったが、同席が叶っただけでも良い兆しと考えよう。




