今治に出陣
稲刈りが終わる8月下旬から、幡多郡と伊予で兵の動員を始めた。
来島の兵は推定で千程度。
海上の要塞である来島城と、その背後にある馬島や大島に複数の小城を持つ。
元々は、今治の北(現在の今治市波方町)にも居館や見張り台などを多数備え、多くの動員兵力も有していたが、先年の伊予征服に当たって四国本土側の拠点は全て押さえており、往時の勢いは無い。
ただし、資金源と海上輸送力は未だ健在で、このまま野放しにはできない。
能島村上氏は、先ほどの大島北部の海峡部を拠点としており、城は大島北東海上に浮かぶ要塞で来島城からは10kmほど離れている。
しかし、ここも非常に小さな島であり、平時は大島に居館を置いている。
こちらも頑張ったところで、千も動員できれば御の字といったところであろう。
こちらは、陸兵五千と、河野、法華津、津島、御荘からかき集めた水軍千五百で戦う。
陸兵の主戦力は三門の大筒と、七百丁の鉄砲隊である。
これにありったけの弓兵を連れて行く事になる。
今回の総大将は、依岡左京で、船手方はそれぞれの将が自船団を率いることとした。
兼定は湯築城に入り、形式的には総大将を務めることとしている。
『毛利が出て来なければ、容易に落ちるのじゃがのう。』
『こちらには鉄砲と大筒がある。それに、四国に上陸させないがための五千の兵よ。』
『来るとしたら、三原を守る小早川と因島の海賊衆じゃのう。』
『それは間違いない。しかし、来島と能島をその前に叩いてしまえば、残りはどうとでもなる。少なくとも、南蛮を含めて商人はこちらの味方でもあるしな。』
『そうよの。あの者共に散々喧伝させたし、最近は土佐沖を通る船も増えたでのう。しかし、ここを抑えたら、また船が瀬戸内の航路を通るようにならぬか?』
『それは大丈夫だ。他にも塩飽や淡路にも海賊はいる。一度通行料を払わない経験をした者は、多少の危険を冒しても土佐沖を通るさ。』
『そんなものかのう。』
『まあ、今回はいかに早く来島と能島の船を使えなくするかが鍵になる。』
『策はあれで良いのじゃな?』
既に一部の歩兵を先行させ、砲台設置箇所の選定と、支障となる樹木の伐採を指示している。
『ああ、砲撃の狙いは、敵の船溜まりの破壊、上陸地点の安全確保だ。城を直接狙えれば、それに越したことは無いが、フランキ砲の射程では、少々厳しいかも知れん。それでも、上陸地点の敵を排除できれば、後は兵力差で押し切れる。』
『それで来島あっという間に落とすのでおじゃろう?』
『そうだ。その後、大筒を来島城に移し、大島上陸と敵水軍迎撃に備える。』
『あの砲にそのような力があるのかのう?』
『なあに、兵が大島に上陸するまでの間、敵を近付けさせなければそれで良い。上陸さえ出来れば勝ったようなもんだ。』
『こちらの水軍衆はどうするのじゃ。』
『仕事が終われば安全なところで待機だ。瀬戸の潮の読みでは到底敵わぬ。敢えて不利な戦をするべきじゃない。陸に上がればこちらの方が強いのだからな。』
『まあ、奴らもずっと海の上という訳にもいかぬからのう。』
『海水を飲むわけにはいかんからな。陸を制すれば、いずれ勝つ。』
『敵将はどうするのじゃ?』
『信用できん者を家臣に加える訳にはいかん。基本は根絶やしだ。来島と能島は河野水軍に任せる。もちろん、海賊ではなく、水軍として一条家が召し抱える。』
『しかし、関所の収入は魅力的じゃがのう。』
『通行料を取らないことで、商人へ恩を売っておいた方が何倍もいいぞ。』
『そういうものかのう。』
『ああ、敵対する大名との取引を制限するとか、値を吊り上げてもらうとか。こちらに優先的に融通してもらうとか、戦略の幅が拡がる。』
『なるほど、しかも因島を弱めれば。』
『小早川だけ心配すれば良くなる。』
『上手く行けば良いことずくめではあるが、そう都合良く行くものかの。』
『もちろん、他にもいろんな手を打って、商人達を引きつける必要はあるだろうな。』
『それと、来島と能島があっさり降伏してきたらどうするのじゃ?本領安堵せざるを得ないのではないかのう。』
『それはしない。今までこちらに全く友好的では無かったではないか。来島などは目の前が一条領であったにもかかわらずだ。敵対していると見做されても文句は言えまい。能島に至っては自他共に認める毛利の家臣だ。何かと難癖を付けて処断すれば良い。』
『さすが悪霊。容赦無いのう・・・』
『あれほど戦の度に付いたり離れたりするような者、懐に入れる気は無いぞ。』
『そうか。麿も鬼になるぞよ。』
いや、コイツには無理だ・・・
『まあ、大まかな所は分かったぞよ。』
こうして9月3日、兼定は大軍を率いて湯築に入る。
そして、各地からの兵も9月10日には今治に集結し、遠見山(現今治市波方町)に本陣を置いた。
また、水軍は付近の小部湾に集結し、その時を待つ。




