兼定、嫌われる
5月1日、兼定とお秀の婚儀が執り行われた。
両家とも、家臣を含めて歓迎されてのことなので、雰囲気としてはとてもいいし、お松の方も正室らしい堂々とした振る舞いである。
ただ、主役の二人がどうもいけない。
新郎は以前の婚儀とは打って変わって精彩を欠いているし、新婦もご機嫌斜めなのが丸分かりだ。
宗珊よ、何で彼女を選んだ?
「本日はまことに目出度い。一条家と長宗我部家の絆が太く、そして永久に続くことを、この宗珊、お祈りしておりますぞ。」
「筆頭家老殿、もったいないお言葉、誠に有り難い。当家もこれまで以上に主家にお尽くしする所存。何卒、よろしくお願い申しまする。」
宗珊と国親はこんな感じだが、そうは言ってもねえ・・・
何せ、主役二人が全く言葉を交わさないんだから、どうしようもない。
『おい少将、何か喋ったらどうなんだ。このままでは場が気まずくなるぞ。』
『何か良い言葉はないかのう。』
そうは言うが、私だってこういうことにはとても疎い。
『まあ、とにかく笑顔だ。機嫌良さそうに微笑んでこの場だけでも乗り切れ。』
『分かった。そうするでおじゃるよ・・・』
それからは、見事に貼り付けたような笑顔で乗り切っていた。
何せ、化粧厚塗り状態である。
笑っていれば本心は完全に覆い隠せる。
兼定は何度かお秀の方に目を向けるが、彼女は傍から見ても分かるくらい震えている。
恐れでは無い。これは怒りだ。
私でも分かるのだから、出席者全員分かっているはずなのだが、そんなこと全く気にする様子もなく盛り上がっている。
『何か言った方が良いのじゃろうかのう。』
『彼女には言わなくていい。挨拶を求められたら発言すればいい。それより飲み過ぎて我を忘れるなよ。』
「それでは御所様。皆に一言、お言葉を頂戴できれば幸いに存じますが。」
「うむ。分かったぞよ。それでは本日、麿と秀の目出度き門出に遠くから足を運び、祝いの言葉をもらい、とても感謝しておるぞ。一条にとって長宗我部はまさに主柱におじゃる。そのような家と誼を結べたこと、内外に大きな意味を持つでおじゃろう。これからも政に戦になお一層励むゆえ、よろしく頼むぞ。」
「はっ!」
宴の内容はともかく、最後の挨拶だけは立派に決めて、主役二人は閨に下がる。
『ああ疲れた。こんな疲れる宴は初めてでおじゃるよ・・・』
『まだこれからが本番だぞ。』
『もう良いではないか・・・』
まさか、兼定からこんな嫌そうな「良いではないか」を聞けるとは思わなかったが、夫婦になったのだ。そういう訳にはいかない。
そして、二人は一組の布団が敷かれただけの閨に入る。
「その・・・秀よ。先ほどからずっと様子がおかしいが、気分でも悪いのかのう。」
「・・・・」
「もし、身体が優れないのであれば、無理をせずとも良いのじゃぞ。」
「・・・・」
『おい悪霊!何とかするでおじゃる、これは麿の実力を遙かに超えた虎喰い娘じゃ!』
『そんな言い方するなよ。とにかくこれ以上怒らせないように、何か話をしてもらえるように話題を振れ。』
『そんな話題無いぞよ・・・』
『早くしろ。』
「そ、その、秀殿?何か不満でもおじゃるのか?あれば何なりと言うてみよ。」
「不満?御所様はそれすら分からないのか?いきなり知らないところに行って知らない人と契りを結べと言われ、来てみれば相手は白粉お化け。これで妾が不満を持たないとでも思ったのなら、自惚れも甚だしい。」
国親よ、もう少し口の利き方は教育すべきだったと思うぞ。それと宗珊よ、何でこれで大丈夫だと思った?
『のう・・・斬り捨てても良いか?』
『いい訳がなかろう。しかしまあ、気持ちは分かる。ちょっと酷いな。』
『これは夫婦以前の問題じゃぞ。これ以上問題を抱え込むのは勘弁して欲しいぞよ。』
『まあ、両家の関係を考えれば、騙し騙しやって行くほか無いな。』
『悪霊でも打つ手なしか。』
『ああ、これはどうにもならん。今晩は別々に寝ても良いぞ。』
『寝ている間に喰われては敵わぬからのう。』
「では秀殿。落ち着くまでは一人で休むが良いぞ。ただし、一条と長宗我部にとっては、今が大事な時期じゃ。それが分かるなら、大人しくしておくのじゃぞ。」
それだけ言うと、兼定はゆっくりと、いや、本当は急いで立ち上がり、寝所を去る。
『お松がどれだけできた妻かがよう分かった・・・』
『それが分かっただけでも良かったと思うぞ。』
『しかし、神懸かりとか貴公子と呼ばれ、地位も名誉も財も見目も申し分ないのに、何故これほど嫌われるのでおじゃろう・・・』
『白塗りお化けとか言われてたな。化粧を取ってみればどうだ。』
『それは造作もないが、彼奴に言われて落とすのは、何だか負けた気になって嫌じゃ。』
『まあ、今は静かに見守るほか無いだろう。しかし、宗珊であっても過ちはあるのだな。』
『もうちょっと何とかして欲しかったぞよ。』
『それについては同感だ。』




