長宗我部親子との会談
さて、長宗我部国親の末娘である秀との婚礼に先立つ4月29日。
この日、中村を訪れた長宗我部国親・元親親子との会談が御所で行われた。
「これは宮内少輔殿、弥三郎殿、遠路大儀であったのう。」
「此度はおめでとうございます。また、我が娘を娶って頂き、まことに有り難く存じております。」
「うむ。亡き曾祖父もさぞや喜んでおることでおじゃろう。」
「ありがとうございます。我が娘共々、末永く誼を結んで頂ければ、我が長宗我部家にとってもこの上なき名誉にございます。」
「こちらこそ頼りにしておるぞよ。それで、弥三郎殿は初めてであったのう。」
「はい。御所様にお会いできて光栄に存じます。」
「うむ。そなたも父に負けぬ功を立て、さらに家を盛り立てるが良い。」
「ありがとうございます。御所様のご期待に添えるよう、粉骨砕身、努力いたします。」
「よく励むが良い。それで、本山の処遇はどうなったかの?」
「はい、我が血を次ぐ太郎左衛門(親茂)については助命し、今は左京進(元親の弟、親貞)の元で足軽頭をさせております。残る一族は全て切腹としました。」
「そうか。戦の世なら致し方あるまいのう。」
「それで御所様、次の戦は近いのでございましょうか。」
「番頭のそちであれば、状況には明るいと思うが、まずは海賊衆、次いで三好を叩いて四国を平らげる腹積もりでおるぞよ。」
「やはりそうでございましたか。」
「実休が亡くなったことは知っておろう。」
「はい。」
「しかも、三好は畿内で苦戦しており、四国は当分、疎かになるであろう。讃岐も阿波も乱れるであろうし、それぞれの領主が反目し合うなら、そこに付け入る隙も生まれよう。」
「では、当面は切り崩しを続けると。」
「いつまでかは分からぬ。しかし、この秋冬は様子見じゃな。」
「そうでございますな。しかし、無理をすれば今攻めても、そう悪い結果にはならないのではないでしょうか。」
「当家は昨年の嵐で多くの領民を失った。その上、兵糧の蓄えも十分ではない。できれば大きな戦を避け、先に瀬戸内の航路を安定させようと思ったところよ。」
「なるほど。確かにそれが確実でございますな。」
「まあ、いずれにしてもそちらの力には期待しておる。」
「我らも御所様のお陰をもちまして、随分暮らし向きも良くなりましたので。」
「まだ四国の半分じゃ。」
「はい。今後ともこの長宗我部の力、ご期待下さい。」
「ところで、輿入れしてくる秀姫殿はどのような娘御であろうか。」
「はい。誰に似たのか、げに気性の激しい娘にございます。何せ、家臣からは虎をも倒しかねんとまで言われる始末。いやはや、御所様が目を付けて下さって、本当に良かった。」
「そ、そうか・・・麿は物静か故、多少の不安はあるのう。」
「何をおっしゃいますか。御所様は戦場では勇敢、御所においては深慮と聞きまする、我が娘も必ずや御所様の虜になりましょうぞ。」
「そうなるように努めるぞよ。」
『あの親子、今日は機嫌が良かったな。』
『ああ、宮内少輔があれほど軽口を言うとは意外じゃったな。』
『しかし、少将の前で見せた姿に偽りは無かったように見えたぞ。』
『倅は大人しかったがのう。』
『あれは少将をじっくり品定めしていたな。』
『やんごとなき麿の威風に、気後れでもしておったのかのう。』
『かなり冷静に見えたぞ。やはりあれは要注意だな。』
『まあ、ひとまずはお手並み拝見じゃな。』
『使える人材だとは思う。番頭としての資質は父以上だから、存分に使ってやるがよい。』
『分かったぞよ。それにしても勝ち気と申しておったの。』
『まあ、どんなに勝ち気でも、よもや亭主に手を上げることはないだろうよ。』
『虎を食べるのじゃろう?それは怖いぞよ・・・』
お前、いくら武勇9といっても男だろ・・・
『そんな情けないことでどうする。きちんと側室であることを分からせないとダメだぞ。』
『うむ。頑張る・・・』
『そなた、もしかして女子は苦手か?』
『そうではおじゃらぬが、やはり麿はお淑やかな方が良いぞよ。』
『お松のようなか?』
『松もそれほどお淑やかでは無いぞ?』
現代なら、とてもお淑やかなカテゴリーに入ると思うが、やはり時代感覚が全く違うのか・・・
『しかし、お松の方とは上手くやっているではないか。』
『あれは、麿を立ててくれるからのう。』
『だからといって、7つも年が下の者に臆するな。』
『分かったぞよ。』
無類の女好きかと思いきや、好みはあったようである。
『会ってもいないのに決めつけはダメだぞ。それにこれは両家を繋ぐものだ。向こうもそのくらいのことは承知の上だろう。』
『そ、そうよの。頑張るぞよ。』
兼定のクセに、あんまり乗り気じゃないんだよなあ・・・




