兼定、再び前を向く
永禄五年(1562)1月
『領内は大分落ち着きを取り戻してきたようで、良かったな。』
『ほんに、夏からはあちこち動き回って疲れたぞよ。』
『まあ、各城主も感謝していたし、良かったではないか。まあ、一番怪しい長宗我部にはあまり恩を売れなかったが。』
『彼奴らはそこまで危ないのか?』
『本人に何度も会ったことがあるのに、まだそんな印象なのか?少々お人好しが過ぎるのでは無いか?』
「御所様、今回の評定を受けた報告と、採択案をお持ちしましたので、御所様の最終判断をいただきたいと思いますが、よろしいでしょうか。」
「宗珊か。良いぞ。聞かせてたもれ。」
「はい。まずは民部からは昨年の嵐の被害が纏まって来ており、被害は田畑の浸水が約五千町歩、倒壊家屋が千戸、死者が約三千五百、街道の損壊が六百箇所、山崩れが二百箇所となっております。」
「やはり大損害を被っておったのじゃの。死者の数など、戦で大敗してもなかなかその死者数にはならんぞよ・・・」
「まあ、領地がかなり大きくなりましたからな。被害は領地の西部に集中しておりますが、平野部の街道については既に復旧済みでございます。」
「新たな提案は・・・している場合では無さそうじゃな。」
「はい。民百姓からも堤防建設に対する要望が多く上がって来ており、当面はこれに応えることが人心の安定に一番だという見解でございました。」
「そうよの。麿もそれが良いと思うぞよ。」
「兵部からは、減った足軽の補充について提案がありました。数は30名程度ですが。」
「分かった。そうしてたもれ。」
「刑部からは、領内の治安悪化について報告がありました。」
「まあ、生活が困窮する者は目に見えて増えたからのう。今が一番寒い時期じゃ。何とかせねばな。」
「鉄砲方は、七百丁を配備済みとの報告がございました。」
「では左衛門に伝えよ。雨でも使えるよう、また、今より早く玉を充填できるよう、改良を加えよとな。それと、大筒の試作に着手せよ。」
「御意。」
「最後に、兵糧方からは、各城よりすでに蓄えの三割ほど供出したそうでございます。」
「五割までは許す。とにかく冬を越すことが肝要じゃ。」
「分かりました。民も感謝することでしょう。」
「これで全てかの?」
「寺社方からは、耶蘇教布教による大きな混乱は今のところ起きていないとのこと。」
「まあ、民も嵐の後片付けでそれどころでは無かったからのう。」
「そして、三好については、讃岐で小競り合いが始まった模様にございます。」
「それがただの戦か、政治的な背景が絡んだ動きなのか、よく調べさせよ。」
「本来なら、介入の絶好の機会でしたのに、まこと惜しいことにございます。」
「いや、今の状況で動くは早計よ。此度の戦が終わった後、双方を煽り、片方に肩入れするのが良かろう。」
「さすがは御所様。古の諸葛孔明のごとき鬼謀にございまするな。」
「ほっほっほ。宗珊よ、それはいくら何でも褒めすぎじゃ。それで、当方へ寝返りそうな城主はおったかの。」
「財田、羽床、大平辺りは三好や十河に対してかなり反抗的な一族でございます。また、安富、長尾、奈良も互いに反目し合っておりますので、結束は比較的弱いと思われます。」
「阿波の状況はどうかの。」
「さすがは三好の本拠でございます。讃岐に比べれば結束は固いですな。今のところ大西以外は切り崩せそうにはございません。ただ、三好一族相互は反目しており、突くならやはり、そこかと。」
「そうよの。長慶の兄弟とそれ以外は別物と言って良いからの。」
「しかし、勝瑞城を守る実休(三好義賢)は中々の難敵にございまする。」
久米田の合戦で亡くなる予定だが・・・
「しかし、昨年鬼十河は亡くなったからのう。今までより弱くなったのは事実じゃ。動揺する敵を切り崩し、行けるなら行くぞよ。」
「はっ、準備怠りなく。」
「それで、来島の様子はどうじゃ。」
「はい、嵐の影響は彼らにもあった模様で、最近は沖に見える海賊の小舟もかなり減ったとの事です。」
「船が壊れたのはこちらも同じじゃが、小さき島では木材入手が難しいであろうからのう。もし行けるなら、夏場に足軽衆のみで攻めても良いのう。」
「しかし、それでは兵力差があまりございませんが。」
「当方の船乗りを全て動員すれば、今なら来島を凌駕するかも知れぬぞ。それに対岸からの砲撃じゃ。やりようによっては十分じゃと思うがの。」
「では、来島の状況は慎重に探らせます。」
「それと、当方の船の修繕も抜かりなくな。」
「はっ!」
こうして、災害により停滞していた一条軍は再び活発に動き始める。




